とある学園の禁書目録




 学園都市。
 東京西部を切り開いて作られた超能力開発機
関だ。街の人口はおよそ二三〇万人。そのほと
んどが何らかの力に目覚めた能力者で、街のあ
ちこちには風力発電プロペラや自動制御掃除口
ボなど未来未来な物品で溢れ返っている。
 そんな訳の分からない街の一角にある、割と
目立たない学生寮の一室で。
 平凡なる高校生・上条当麻は何者かのフライ
ングボディアタックによって目が覚めた。
「げぶぅーっ!? ごぶごぼげばっ!!」
「おはようございます、とミサカはあなたのお
腹の上に乗っかったまま朝の挨拶を遂げます」
 淡々とした声。
 肩まである茶色い髪、小さめな顔立ち、半袖
の白いブラウスにベージュ色のサマーセーター、
灰色のプリーツスカート。上条の見知った少女
の姿形と良く似ているが、微妙に違う。おでこ
にゴテゴテした暗視ゴーグルのようなものを引
っ掛けた女の子は御坂妹だ。とある少女と遺伝
子レベルで同じ特徴を持っていて、確か検体番
号は一〇〇三一……いや、三二か? 三五だっ
たっけ? 四〇まではいってないはず……と上
条は痛みで朦朧とする頭を必死に動かす。
 そう、一〇〇三二号だ。
「な、……何で人の腹の上に乗っかってますか
御坂妹。お前にこういう意外な登場パターンは
期待してないのですが」
「あなたの期待など裏切ってなんぼのものでし
ょう、とミサカはあなたの真上で自らの体を揺
さぶりながら答えます」
「う、うう……み、御坂妹は。俺の知り合いの
中でも数少ない良識派だと信じていたのに!
あと予想は裏切っても良いけど期待は裏切っち
ゃダメだから!」
 お湯を抜いたユニットバスの底で上条は叫ぶ。
諸事情あって彼は普段ベッドで睡眠を取れない
状況に追い込まれているのだ。
 と、御坂妹は油を差したカラクリのような研
らかさで首を傾げて、
「はあ。しかし今日のミサカは妹キャラらしい
のでその規格に準拠した言動をしなくてはなら
ないのです、とミサカはあなたの上から降りる
気配も見せずに説明をします」
「い、いも……?」
「はい。そのように指定されている以上はその
ように動かざるを得ないのです、とミサカはも
う一生このままでも良いかなと思いつつも話
を先へ先へと進めます」
 いや一生お腹の上に乗っかられるのは非常に
困ると上条は思う。
「ちょ、待って。意味が、意味が……全然分か
んないし。と、とりあえずどいてください御坂
妹! こういう場面をインデックスに見られた
りすると大抵良くない事が起きるから!!」
「あの白い少女なら今日はこの部屋にはいませ
ん、とミサカは他の女の話題を振られてややム
ッとしながら体重をかけていきます」
「げぶあーっ!! 待って待って御坂妹ってそん
なキャラだったっけ!? あとインデックスがい
ないってのはどういう事?」
「あの白い少女は『同棲キャラ』というより
『書物の管理人キャラ』という配役が優先され、
別の場所へ再配置された模様です、とミサカは
ほっぺたを膨らませて答えます。彼女に会いた
ければ本の多い所へ赴くと良いでしょう、とミ
サカはぷんぷんという擬音と共にさらに下へ下
へと本気で体重をかけていきます」
「ギブ! ギブギブギブギブ!!」
 上条が巨大な重圧の下でバタバタと暴れてい
ると、
「妹キャラらしい事をしましょう、とミサカは
提案してみます」
「何だそのカタストロフな提案。第一、俺これ
から学校だし」
「せっかくミサカも総動員してやってきた訳で
すし、とミサカはあちらを指差します」
「聞いてない! だからそんな強引なキャラだ
ったっけ!? って、総動員? 総動員ってちょ
っと、おわーっ!?」
「ミサカは妹キャラです、とミサカは答えます」
「ミサカも妹キャラです、とミサカも答えます」

「ミサカだって妹キャラです、とミサカだって
答えます」「ミサカは何から始めましょう、と
ミサカはお題を振ります」「妹キャラが妹キャ
ラとしてまず朝最初に行うべきイベントがよろ
しいでしょう、とミサカは答えます」「妹キャ
ラが最初に行うべき」「検体番号一〇〇三二号
が示しているようなのですが」「ああフライン
グボディプレスというものですね、と」「では
それにしましょう、とミサカは」「そうしましょ
うと、ミサ」「そうですね」「そうです」「そう
で」「そう」「そ」
 直後。
 ユニットバスが、ミサカで埋まった。


 何で今自分は生きているんだろう、と疑問に
思いながらズタボロの上条は朝の道を行く。風
力発電のプロペラがくるくる回る朝の道は、残
暑という事もあってそこそこ暑い。これがホー
ムルーム辺りの時間帯になってくると地獄の熱
気に変わっていくのだ。
 現在、御坂妹は上条の側にはいない。
 というより、一万弱もの同じ顔の少女達を引
き連れて道を歩く訳にはいかないので上条が逃
げてきたのだ。もしかすると現在、学園都市で
は妹達による捜索戦が繰り広げられているのか
もしれない。
(ったく、何がどうなってんだ? 御坂妹とプ
ラス α達はどっかふざけた壊れ方してるしイ
ンデックスは本当に寮にいないし)
 あの妹キャラ発言にどんな意図が含まれてい
たかは知らないが、もうちょっとやりようがあ
るだろう、と上条はユニットバスで圧死しかけ
た光景を思い出してぶるぶる震えると、前方か
ら姫神秋沙が歩いてくるのを発見した。彼女は
長いストレートの黒髪に巫女装束という和風な
スタイルなのだが、胸にはやたら大きな十字架
のネックレスがぶら下がっている。
「ありゃ? おはよう姫神。っつか今日は普通
に学校あるのに何で巫女装束?」
「普段着は巫女装束。朝の散歩は日課だから」
 ぼーっとした調子で答える姫神だが、もう時
間的にはあまり余裕がないのでは? と上条は
思う。
 と、姫神はしばらく斜め上に視線を投げなが
ら考え事をした後に、
「普段の制服と違う私服姿を見て。やや萌え?」
「……、お前の場合は制服の方がレアだろうが」
 上条が答えると、姫神はどーんと落ち込む。
 彼女といい御坂妹といい今日はみんなどうな
っているんだ? と上条が首を傾げていると、
二秒で立ち直った姫神が、
今日は、、、そういう日なの、、、、、、、
「は?」
「今日の学園都市は少しおかしくなっているの。
いわゆる学園モノとしての側面が強力に補強さ
れている状態。暫定的とはいえそういう『ルー
ル』が制定された以上あらゆる人間はそのよう
に動かざるを得ないんだって」
「ルール?」
「そう。常識の一番根っこを作っている『ルー
ル』」
「えーっと……どういう理屈で?」
「様々な要因が。重なっている。例えばAIM
拡散力場の暴走であったり。『三沢塾』に残る
残留思念を読み取って複製した何者かの
『黄金練成』の試作実験であったり。天使の落
下による四界の揺らぎであったり。例によって
上条当麻を中心にコトが進んでるからヨロシク
だって」
「……、」
 上条は渋い顔で姫神の台詞を確認する。
 学園モノとしての側面が強力に補強されてい
る……と言われても、学園モノとは、つまりあ
の学園モノだろうかと彼は首をひねった。確か
に学園都市はこの世界にある教育機関の全てを
凝縮したような場所だが、そんなものまで凝縮
しなくて良いだろうと思う。
 それと同時に、なんかまたお馬鹿な事態の陰
でとんでもない事が起きてるのでは……そんな
嫌な予感が走る。やだなぁ、最終的に天使を敵
に回したり土御門に本気でどつかれたりしない
よね? と上条が弱々しい笑みを浮かべている
と、

「そういえば。君が取った行動によってその後
の世界に変化が訪れるみたい」
「は? え、意味が分からないんだけど、つま
りどういう事?」
「具体的な『その後の世界』とは。今日の放課
後の事なんだって。何でも君の下駄箱に女の子
からの手紙が入っているんだって。それを読ん
だ時点でこの異常事態に終止符が打たれるらし
いの。つまりそれこそがルート決定作業」
「ルート?」
「色々な力が内部外部から働いてるから。ルー
トは一度決まったらもう変更できない。エンデ
ィングまで一直線。フラグとかパラメータの管
理はキチンとしないと泣きを見るみたい。人生
とはこれすなわち強制オートセーブ機能だから
安易なリセット攻撃は効かないって」
「フラグ? パラメータ?」
 もやもやと上条の頭の中で得体の知れないイ
メージが湧いてくるが、彼は頭を振ってそれを
打ち消した。どうも姫神の言っている事には微
妙に聞き覚えがあるワードばかりで、ヘンテコ
なものばかり連想してしまう。
「男からの手紙は無効。放課後までに何通の手
紙が下駄箱に入っていようが。最終的に制限時
間になると該当以外の手紙は消失。一通のみに
なるんだって。ちなみに一通すら入っていなか
った場合は。誰からも選ばれなかったという訳
で。とてつもなく当たり障りのない人生を送る
羽目になるからヨロシクだって」
「??? さっきからヨロシクヨロシクって、
そういやその話は誰から聞いたんだ?」
 上条は何気なく言うと、姫神は何故か両手で
自分のほっぺたを押さえて、
「誰からだろう。ふと目が覚めると枕元に立っ
てた人。背中から白鳥みたいな羽が生えてて頭
の上に輪っかが乗っててピカピカ輝いてる人」
「空き巣じゃねえの?」
「……。まぁ。君の名は。幻想を殺す者だから
それで良いんだろうけど」
 姫神は打ちのめされたボクサーみたいな笑顔
でそう言った。
「幻想を殺す者ねえ。じゃあそう言うお前は何
キャラなんだよ?」
 姫神はやや斜め上を見上げた後に、
「私。今すっごく説明キャラ。話を進める上で
絶対に必要」
「それが個性になってるかどうかは別問題だぞ
ー。説明キャラってインデックスとか小萌先生
とかいっぱいいるし」
 上条が話しかけても、目をキラキラさせてい
る少女は答えてくれなかった。


 様々な謎と伏線を抱えつつ、どうにかこうに
か上条は学校へやってきた。
 例の手紙についてあれこれ考えている内に時
間を食ったせいか、いつもより教室に着くのは
やや遅めだった。中に入ると、身長一三五セン
チで見た目一二歳の女教師・月詠小萌が今まさ
にホームルームを始めようとしていた。
 教卓の前にいる小萌先生と上条の視線が合う。
 と、その時、不意に上条の頭の上から『ぽろ
ぽろぺん♪』と妙な効果音が響いた。
「え、何? 何だよ今の効果音! まさか何か
数値やフラグに変化が? でも一体どんな種類
のフラグが!? 立ったの、消えたの? どっち
だよオイ!」
「まだ起き抜けモードのままなんですか上条ち
ゃん。訳の分からない事を言ってないで早く席
に着いてくださいー」
 そう言う小萌先生の頭の上にはトランプのス
ペードのマークが浮かび、その横にある棒グラ
フがぐーんと上へ伸びていく。
「分かりづらっ! ハートマークとかだったら
まだ何となくどんな数値が伸びてるか想像つく
けど、スペードって!」
「良いから早く扉を閉めてくださいー」
 小萌先生が気楽に言うと、彼女の頭上の棒グ
ラフが何故かみるみる小さくなっていく。
「ちょ、待って。ここは大事な場面だと思いま
す。そんな簡単に流しちゃまずい重要シーンで
すよ! ってか怖い! 何の数値やフラグが変
動してるか分からないこの目隠し状況がすごく
怖い!!」

「はぁ。上条ちゃん、まだ夢見心地なら水飲み
場で顔を洗ってきてもオッケーですよ」
 まるで取り合う気のない小萌先生はさっさと
上条から視線を外して手元の出席簿にチェック
を入れると、
「はいはーい。上条ちゃんはぎりぎりセーフの
ボーダーラインですねー。おはようございます。
大きな連絡は特にありません。平和な一日って
良いですねー」
 首を傾げる上条は釈然としないまま自分の席
に向かい、彼の後に入ってきた夏服の姫神はど
んよりした顔で自分の席へ向かう。
 上条は椅子に座って教室を見回す。どうした
事か、いつもより浮ついたような雰囲気がある。
隣の席にいる青髪ピアスに問い質してみると、
「あっはっは。そりゃあカミやん、なんか今日
 は転入生がやってくるらしいからやん」
「あ? 転入生?」
「あっはっは。ウチはさりげない日常トークの
中にこっそりヒント台詞を混ぜておくキャラ
やし。あれやで、絶体絶命のピンチの時とか
に走馬灯っぽくウチの言葉を思い出して突破口
を閃くんやで」
「お前のトークがそんな風に活用された事なん
か一度もねえけどな」
 ぐったりした調子で言っても、青髪ピアスは
いつまで経っても笑っている。
 上条は教卓から顔だけ出している小萌先生の
方へ目を向けると、
「小萌先生、転入生って誰ですか? 姫神です
か?」
「上条ちゃん! どうして姫神ちゃんが二回も
転入してこなくちゃいけないんです!? もしか
して上条ちゃんの頭の中では記憶に残らないほ
どのミニイベントだったんですかあれは!?」
 不思議そうな顔をする上条の斜め後ろの席で
は、ずおおおおー……と負のオーラに呑まれつ
つある黒髪の女の子が俯いている。学校に行っ
ている間の姫神秋沙は巫女装束も脱いでしまう
し首から提げた十字架もセーラーの中へ隠して
しまうため、なんというか非常に特徴の薄い少
女と化している。
「でも、そういや姫神って俺と同い年だったん
ですね」
「まぁ、そうでもなければ普通は上条ちゃんの
クラスにはやってこないのです」
「奇妙な符号ですよね。まだなんか伏線が残っ
てんですか?」
「残ってません! 姫神ちゃんの謎はもはや全
て回収済みです! 変なイベントが発生して恋
のライバルとか出てきたりはしませんから安心
してください上条ちゃん!」
 へぇ良かったなー姫神、と上条が斜め後ろへ
振り返ると、彼女はますます俯いて『ない。も
はや。なんにも。残ってない』と口の中でブツ
プツと呟いていた。何か嫌な事でもあったんだ
ろうか?
 その時、キーンコーン、というチャイムの音
が鳴った。
「あ、早くしないと授業が始まってしまうので
す。先生はこれからウワサの転入生ちゃんを連
れてこなくちゃいけません。今日の日直は……
上条ちゃんですね。すみませんけど上条ちゃん
は図書室まで行って授業で使う資料を持ってき
てくださいー」
 くぎゃー、と上条は重労働命令に悲鳴をあげ
かけたが、その動きがふと止まる。
 ……、
 図書室?


「……で、やっぱりここにはお前がいる訳だ」
 上条当麻は校舎の中では一応、一、二を争う
広さの図書室に足を踏み入れた途端に、げんな
りした口調で呟いた。
 入口の横。本の貸し出しを担当するカウンタ
ー。
 そこに真っ白けな修道服を着た銀髪の少女、
インデックスが座っている。
「む。私は『書物の管理者』キャラだもん。だ
から今日はミステリアス司書さんです。あ、ミ
ステリアスだから書庫の奥に眠る魔道書の伝説
には詳しくてもピコピコの使い方は分かんない
かも」

「伝説なんかねえよ。あとピコピコじゃなくて
パソコンな。ちなみにそれが使えないと貸し出
し者の名簿も蔵書リストも呼び出せないから司
書さんとしてのスキルゼロだぞインデックス」
「何を言ってるのかなとうまは! 本を借りて
く人の顔と名前なんて目で見て覚えれば良いじ
ゃない! 本のリストも所詮三万二〇〇八冊だ
し、本棚の中身ぐらい全部覚えておけば何が欠
けてるかなんて分かるもの! ピコピコで補う
なんて怠慢だよピコピコなんて!!」
「……、ああ。その記憶力は確かにちょっとミ
ステリアスだな」
 上条は疲れたようにため息をつく。
「でもさー、司書さんキャラってのはそういう
ものじゃないだろう? なんていうか、こう。
気弱なお姉さんみたいで、っつーかメガネで、
巨乳で、普段は顔を真っ赤にしてまともに男の
子と会話もできないようなんだけどしかし好き
な本の話題になると途端に身を乗り出して熱く
語って言いたい事を全部言い終わった後に我に
返ってより一層顔を真っ赤にするような内気型
非戦闘系包容力強化タイプが望ましいんじゃね
ーかな! ほらお前の隣で良く分かんない一五
世紀から一六世紀にかけて流行った詩集を読ん
でため息ついてるデカ乳キャラみたいな!!」
「で、でか、でかいとか、あんまり、言わない
で、くだ、さい……」
 半袖のブラウスに青いスカートを穿いた巨乳
メガネ、風斬氷華が体を縮ませながら半分涙目
で呟く。ちなみに彼女は自分の肩を抱いて体を
隠している訳だが、そうすると逆に大きな胸を
さらに寄せてあげているように見える。
 上条は一歩退いて、隣り合っている二人の少
女をやや見比べつつ、
「……、っつか。風斬の大きさってインデック
スの頭ぐらいありそうじゃねえ?」
 インデックスはギョッとした。それから両手
をぶんぶん振り回して、
「い、いくら何でもそこまで――」
「そこまでありません! あるはずが……ない、
でしょう! さっきから、さっきから……デカ
イとか、頭ぐらいありそうとか。……そんなに
私をからかって、何が……何が、面白いんです
か!?」
 予想以上に強い口調で反論する風斬に、イン
デックスは最初戸惑っていたようだったが、や
がて風斬の瞳に涙が浮かびかけている事に気づ
くと、
「だ、大丈夫だよひょうか。そんな事ないよ。
―――一方その頃とうまの馬鹿! だったら比
べて見れば良いじゃない! ほらほら!!」
 叫びながら、何を思ったのかいきなり隣に座
っていた風斬に思い切り抱き着いた。インデッ
クスはベッドの上で子供が柔らかいクッション
に埋もれるように風斬の大きな胸に己のほっぺ
たを押し付ける。
「わひゃあ!?」
 唐突過ぎる展開に風斬は思わず叫び声をあげ、
「ほら! とうま、比べてみて! どう考えた
って私の頭よりは小っちゃいと思うもん!」
 上条の思考回路が音もなく凍りつく。
 事の重大性に全く気づいていないインデック
スから問い質された上条は、声も出せずにただ
ひたすら首を上下に振るマシーンと化していた。
 と、それをどう受け取ったのかカウンターに
いたインデックスはムッとして、
「そんなにひょうかがいいの? とうまはひょ
うかの方が司書さんキャラっぽいって言うんだ
ね!! じゃあ私もとうまのニーズに応えて司書
のお姉さんっぽく書物に対する熱い想いをぶつ
けてみるもん! まずは『金枝篇』について!
一九世紀以前に登場した多くの魔術をたったの
二系統に分類しようとしたその試みは素晴らし
いと言えるけど流石に例外は付き物! 何でも
かんでも無理矢理に当てはめようとすると破綻
が生じちゃうからそこだけは注意していきたい
ね!」
「ぶあー……ハッ!」
 その台詞と共にようやく上条のステータス異
常『混乱』が時間経過によって自然回復した。
「あー、インデックス。注意していきたいねと
か言われても特に何の感慨も浮かばないし。お
前にどれだけの質と量の豆知識攻撃を喰らった
所で『そーですかお疲れっす』としか返す言葉

はねえよ。……ってか違うよなー。司書さんキ
ャラなら素人にも分かりやすい所から攻めて書
物に対するイメージや興味を引き出すようなト
ークを展開するはずなんだよなー。その言葉の
選び方に知性と優しさを感じるもんなんだがな
ー」
「というか、あの、図書室では、静かにした方
が……」
 インデックスは四方八方からボコボコに言わ
れ、特に風斬からはより図書室の主人っぽい控
え目トークで窘められた事でシスターさんの中
の自信や誇りといったものがバキボキに折られ
ていく。
「う、うう……。私から本を取ったらホントに
何にも残らないのに。じゃあひょうかに司書さ
んポジションを取られた私はこれからどうやっ
て生きていけば良いの?」
 がくーん、と打ちひしがれるインデックスに、
流石に上条や風斬にも罪悪感が芽生え始める。
彼らはお互いの顔を一度だけ見合った後に、
「あの……えっと、その…… 『モノを覚えては
忘れるの繰り返しキャラ」、とか?」
「っつか『噛み付きやすいキャラ」でいいんじ
ゃねえの?」
 ピクリ、とインデックスのこめかみが動く。
 ぎぎぎごごごごがりがりがりごりごりごりご
り……と、とびきり異常な効果音と共に彼女は
顔を上げる。
 そしてインデックスは聞く。
「いいのね?」
「あ?」
「とうま、とうま。私はこれから『どうやら人
として重要な事をポンポン忘れる噛み付きキャ
ラ』として生きていって良いのね?」
「え、あれ!? 待って、インデックスさん待っ
てーっ!! まずいって、あなたの噛み付きはそ
れだけでビッグイベントなんだからそんな毎日
毎日毎回毎回毎度毎度毎時毎時何の意味もなく
噛み付いてきたらインフレ起きちゃいばァァあ
ああああああああああああ!?」
 直後。
 司書さんを辞めた猛獣がカウンターを乗り越
えて襲いかかる。
 学園都市でも最強の超能力者を拳一つで殴
り倒し、世界に二〇人もいないとされる聖人に
すら武器も持たずに立ち向かった男が為す術も
なく悲鳴と共に押し倒されていく。


 体のあちこちに女の子の歯型がついた上条は、
たくさんの本を抱えて図書室から出る。
「こ、この説明だとちょっとエロチックなんだ
けど、何で全然嬉しい事態になりゃしないんだ
ろう……?」
 よろよろと廊下を歩く上条は、角を曲がろう
とした所でバタバタという足音を聞いた。
(む、この野蛮な足音は……展開から考えて、
美琴か? でもアイツ中学生だしな……いや。
いやいや! インデックスとか風斬が違和感な
く溶け込んでる時点でこの高校にそんな常識は
すでに存在しないと思った方が良さそうだ!
そう、例えば、曲がり角から突然ぶつかってく
るキャラとか! アイツ八月三一日にマジで似
たような事してたし!!)
 上条は曲がり角から一歩二歩と後ろへ下がっ
て来たるべき登場シーンに身構えていたが、予
想に反して、角からひょいっと現れたのは小萌
先生だった。
「ありゃ。先生、そんなに急いでどうしたんで
すか?」
「上条ちゃんを捜しに来たのですよーっ! ま
ったく、本を運ぶだけのお使いでどうしてこん
なに時間がかかっているのですか? 何かあっ
たのではと心配になるじゃないですか! 寄り
道とかしてはダメなのです!」
 本は先生が半分持って行くから早く教室へ戻
ってください、と小萌先生は両手で平積み書物
を抱えてよたよたと校舎の先へと消えていく。
 上条はちょっと息を吐いて、
(あー、杞憂だったか。てっきり曲がり角の先
には転校生でもいて超突撃とか喰らうかと思っ
たんだけど。そうだよな。そんな感度良好な不
幸レーダーが標準装備されてたら上条さんはい
つもいつも不幸な目には遭ってないですよ)

 何にしても良かった良かった、と上条は一安
心して角を曲がろうとした所で、

 ドーン!! と。
 何か、物理法則のベクトルを突破した何者か
が激突してきた。

 ぶつかったものは何か、と確認する前に上条
の体がノーバウンドでT字路突き当たりの壁に
斜めから直撃していた。まるでダルマ落としの
ように、抱えていた本だけが綺麗に空中に取り
残されている。さらにノーバウンドのまま上条
は壁を跳ね、ノーバウンドのまま『く』の字の
軌道で反対側の壁へ激突する。反対側とは窓際
だった。窓と窓の間の支柱っぽい部分に激突し
た上条はようやく廊下に落ちる。それでも勢い
を殺せずにゴロゴロと転がっていく。もはや
『く』の字軌道どころではない、『何か電撃文庫
の雷マークっぽい』軌道だった。かつて地下街
でエリスにぶん殴られた風斬ピンボールよりも
派手な吹っ飛びっぷりである。
 ゴロゴロといつまでも廊下を転がり続ける上
条は、ぐるぐる回る視界の中で一方通行が尻餅
をついているのが見えた。
 学園都市最強の超能力者が。
 かつて操車場で激突した唯一の絶対能力進化
候補が。
 夏服っぽい半袖のセーラー服で。
 ミニスカートで。
 あいたたたー、という感じで舌をぺろっと出
して。
 落っことしたカバンからはノートやら教科書
やらが散らばり、そこには『鈴科百合子』とい
う名前が書かれている。
(う―――)
 回転する上条の体がようやく止まって、
「―――嬉しくねえ! 嬉しい要素ゼロ!! 正
直に言おうか、吐きます! 確かに出会いとし
ては順当な運びでお約束っつーか定番ではある
けどさ! この後何がどう転がればまともに話
が進んでいくのかまったく想像がつかねえよ!!
っつか何だその鈴科百合子とかいうあからさま
な偽名は!? どこで手に入れたそのセーラー!?
サービスショット気味に足を開くな! 人を馬
鹿にしてんのかテメェは!!」
 彼の絶叫をよそに、学園都市最強の超能力者
は尻餅をついたまま、
「俺はよォ。何の前触れもなく唐突に現れるキ
ャラらしいからよォ」
「むしろ突然見舞われる不幸の擬人化だろテメ
ェは」
「あとなンか色々ヤルけどちょっぴり憎めねェ
キャラらしいンだわ」
「んな訳ねえだろ!! お前はさんざん傍若無人
に主人公を振り回した末に最後の最後で手編み
のセーターを手渡してくれるちょい不良気味の
素直になれない女の子か!?」
 いい加減にキャラだの何だの訳が分からなく
なってきた上条は頭を掻き毟ったが、ふとそん
な彼らの元へ誰かが歩いてきた。
 緑色の手術衣を着た人間で、男か女か子供か
老人か聖人か囚人かも分からないような、なん
とも曖昧なヤツだ。インデックスとは別種の、
色の抜け落ちたような銀の髪は腰まで伸びてい
て、それが余計に年齢だの性別だのをごまかし
ているような気がする。
 裸足の人間はペタペタと歩きながら、
「君達、今は授業中なのだが」
「は? ってか、誰?」
「ふむ。私はどうやら理事長キャラらしいから
な。理事長キャラというのが一部門として成立
しているかどうかは甚だ疑問なのだがそうだと
指定されてしまった以上はそのように動くしか
あるまゴギゴリゴリ!?」
 謎人物が最後まで言う前に、上条は反射的に
拳を繰り出していた。
「げ、ぎぶっ……な、何を?」
「良く分からないけど、ここでお前をやっつけ
れば今すぐ全てが世界規模で丸く収まるような
気がする」
「ま、待ちたまえよ。確かに日頃接点のない裏
キャラに干渉してみたいその気持ちは分かるの
だがな。分かるのだがブッ!? だから何故君は
すぐそうやって私の上へ馬乗りになろうとする

のかゲゴガゴリゴリゴリ……」
 かくして理事長キャラは倒れ、上条当麻は神
妙な顔で額の汗を拭う。
「これで世界は平和になったんだろうか?」
「あァ? っつーかよォ。オマエは毎回そンな
真似してンのかよ?」


 理事長殴打事件で上条は職員室に呼ばれてい
た。
 しゅーんとうな垂れる少年の前では緑色のジ
ャージを着た女体育教師が大口を開けて大笑い
していた。
「あっはっはっは! 気持ちは大いに分かるん
だけどあれはちょっとやりすぎかもじゃん。相
手の口上も聞かない内に問答無用とはまた少年
らしくもないじゃんよ」
 この和やかムードを見る限り、あの理事長キ
ャラはあんまり下の者の人望は得ていないよう
だった。
(それはともかく)
 上条はジャージ女から目を離す。職員用の、
生徒が使うものとは異なるスチール製の机の前
に座っているポニーテールに変わったデザイン
のジーンズを穿いた女が、なんか折り紙サイズ
の和紙で刀の刀身を挟むようにして、刃をゆっ
くりと磨いてお手入れしていた。
「……、何でお前がここにいるんだよ。神裂」
「わ、私としても、別に好きでここにいる訳で
はありません」神裂はお手入れを中断して、
「私はどうやら土壇場の説明係兼落ち着いた年
上の助っ人キャラらしいのですが、それは分類
すると女教師辺りが妥当なようなのです。私と
しては部長キャラ辺りで落ち着きたかったので
すが」
「何だよ部長キャラって。高校三年生ぐらいじ
ゃそんな落ち着いたりしてねえよ。お前ほど女
子の制服が似合わない人間なんて他にいな
―――いや、いたな。……もっと凶悪なのが」
「しかし私は現に一応一八歳なのですが」
「自己申告ではな」
「違います! 間髪入れずに私の台詞の全てを
台無しにしないでください!」
「そんな一八歳なんていねえよ! ってか逆に
怖いよ! あと二年も経てば俺もそうなっちま
うのかよ!? その二年の間に俺の中で一体どれ
ほどの変化が起きるってんだ!?」
「いい加減に週刊の少年漫画を卒業するんじゃ
ないですか」
「マジで!? 何で続きが気にならなくなん
の!?」
 上条が愕然としているその横を、緑色に髪を
染めて真っ白なスーツを着込んだ長身の外国人
が通り過ぎる。小脇に抱えた出席簿の表紙には
『担任・アウレオルス=イザード』の文字が。
「自然、私も一八だが。知識量及び個人の称号
と実質年齢に明確な因果関係は存在しないもの
と推測される」
「……なぁ。絶対間違ってるよな。この年季の
入ったおっさんが夏休みの間に無計画に毎日毎
日遊び呆けて宿題が終わらなくて小萌先生に怒
られてるサマとか全く想像できねえよ」
「当然、高校三年の夏休みは遊んでばかりいら
れないと思うのだが。どうも私は未知の技術を
研究・行使できる謎キャラというポジションら
しい。分類すればやはりこれも学生というより
『何か裏世界の過去を持つ謎教師』というのが
妥当だそうだ」
「お前にものを教える資格はないと思うけど
な」
「毅然としたこの私に一体何が足りないという
か」
「出来の悪い生徒の頭に魔術とか使って直接知
識を叩き込みかねないからだ! そしてお前の
担当クラスの生徒みんなの目が虚ろになってナ
ントカの聖歌隊とか結成しそうだし!」
「愕然、たかがその程度の事か。教育とは何も
テキストに従うだけのものではないだろう。ふ
む、確かに私のようなタイプは学習塾の講師の
方が性に合っているのかもしれんが」
「塾のトップをぶち倒してビルを乗っ取るよう
な輩に合ってるはずがない!!」
 うわぁーっ! と頭を抱える上条の視界の隅
に、今度はウェーブのかかった金髪の少女が映

る。赤を基調としたマントに黒いベルトで構成
された拘束服。インナーそのもののようなひら
ひらすけすけな衣装に、腰にはノコギリだのカ
ナヅチだのを差した少女。
「おいそこの羽つきロシア人。お前の役割は何
だ? ミッションスクールを見守る守護天使キ
ャラか? 少なくとも人間エリアから飛び出て
んだろお前は」
「解答一。英担当の女教師キャラ」
 ミーシャ=クロイツェフは前髪の隙間からギ
ョロギョロと目を動かして簡単に答える。
 確かにある意味で男子生徒をやきもきさせる
格好をした女性ではあるのだが、一体これのど
こが女教師キャラだというのだろう、と上条は
思う。大体、
「英語……ロシアなのに?」
「問題一。ロシア人は英語教師になってはなら
ないのか?」
「は?」
「補足説明一。日本人は英語教師になれる。英
国人や米国人ならもてはやされる。しかし何故
そこでロシア人が英語教師になってはおかしい
と考えたのか。それは人種差別と受け取っても
構わないか?」
「ちょ、え、誤解だって! ロシア語担当にな
ると大学の文学部とかになるのかなーとか適当
に考えただけでそこまで深い意味はないって!」
「解答二。そこまで言うのなら日本人の英語教
師を紹介しよう。火野神作先生。後はよろしく
お願いします」
「え、ええ!? 待って、ダメだって冗談でもあ
んなの呼んじゃ! うっ!? なんか机の上に
『いまから、そちらへゆきます』って一文のみ
の手紙が置いてあるぅーっ!!」
 上条は手紙をぐしゃぐしゃに丸めて見なかっ
た事にしていると、ノックの音と共に職員室の
入口の引き戸が開けられた。
「失礼しますのー」
 入ってきたのは白井黒子。茶色い髪をツイン
テールにした少女で、身長は御坂美琴より少し
低い。美琴と同じ学校の夏服を着ているため、
いつも容姿説明をおざなりにされる女の子であ
る。
 上条はパチパチと瞬きした後に、
「いや、もうこれだけの人間が不条理に出現し
た後に問い質すのもどうかと思うんだけど。何
でお前はここにいる訳?」
「知りませんのよそんなの。とにかく今のわた
くし白井黒子は後輩キャラらしいので。そう指
定されたからにはそのように動くしかないので
すのよ。理由なんて後付けで結構です、中学生
が高校にいるのですから学校見学くらいが適当
ではありませんの?」
 極めて事務的に設定を決めていく白井黒子は、
しかしそこでビクリと動きを止める。
 ? と上条が視線を向けると、そこでは緑の
ジャージの女教師・黄泉川愛穂と神裂火織が何
か適当な世間話を交わしていた。
 もう一度日井の方を見ると、彼女はふるふる
と全身を震わせて、
「……(なんという、なんという神々しきお姉
様オーラ! お二方が放つこの光を知りこの恵
みを一身に受ける事こそが後輩キャラの本懐で
すの! ……(満喫中)、はっ!? い、いけま
せんわ白井黒子、あなたのお姉様はたった一人
だけと決まっているでしょう! あ、でも、う
う、ああ! 落ち着きなさい、真のお姉様のお
姿を思い浮かべて気を静めなさい白井黒子!!)」
 口の中でぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ
ぶつぶつぶつとひたすら呟き続ける白井黒子は、
そこで聞き慣れた少女の声を聞いた。
「ああ、こちらにいたのですか、とミサカは職
員室に足を踏み入れます」
 常盤台中学の夏服を着ておでこにゴーグルを
引っ掛けた女の子、御坂妹がずかずかと上条の
元へと歩いてくる。
「あ、お、お、おね、おねえ、さま?」
 白井は突然の女神の降臨に驚いたようだった
が。
 その時、御坂妹の背後から、後から後から
次々と同じ顔をした少女が職員室に入ってきた。
「どうやらミサカはようやく上条少年を捕捉し
たようです、とミサカは確認を取ります」「ミ
サカも確認します」「ミサカだって確認します」

「全ミサカへ通達、点呼してくださいとミサカ
はお伝えします」「検体番号一〇〇三二」「検体
号一〇〇三三」「検体番号一〇〇三四」「一〇
○三五もいるのです」「一〇〇三六だっている
のです」「一〇〇三七も健在なのです」
 大量のミサカ達が受け止められないほどの幸
福を白井の胸へ叩き込む。
 ツインテールの少女の顔に尋常ならざる笑顔
が浮かぶ。
 ふっ、と白井黒子はゆっくりと後ろへ倒れて
いく。
「お、おねえさまが、お姉様がいっぱい……。
な、何ですのこの異常なお姉様密度はー……」
 びくんびくんと恍惚に体を震わせる黒子へ、
上条はなんとも気まずそうに目を逸らして、
「あの、お前の言う御坂美琴おねえさまはここにはいない
と思うぞ」
 彼は改めて妹達の方を見る。確かにこのゴー
グルをおでこに引っ掛けた少女達は美琴と遺伝
子レベルで良く似ているが、彼女達はやっぱり
御坂美琴ではないのだ。なんか後ろの方に一人
だけゴーグルをつけてない少女がいるようない
ないような気もするが。
「ちゃんといるわよここに! って、あれ?
うわっ、妹達が人の壁になっててちっとも前に
進めな……ッ!?」
 人混みの中からなんか聞こえたような気がし
たが、上条がそっちを見てもやっぱり同じ顔が
いっぱいあるだけだった。


 拘束衣に身を包んだロシア人英語教師や独創
的な教育スタイルを模索するイタリア人歴史教
師などの授業を終えて、ようやく昼休みとなる。
 ふらふらと学食へ向かった上条は、そこで座
席をきっちりと埋め尽くす妹達の大軍を発見し、
疲れた顔で目を逸らした所でカウンターの向こ
うでメイド服を着た少女、土御門舞夏が忙しく
働いているのを目撃した。
「……、もう何でここにいるのとか聞かなくて
いいや。お前はどっちかっていうとまだまだ平
和的な方だし」
「学校の中でメイド服となるともう接点がない
からなー。エプロン繋がりで学食で働くしか登
場の機会がなかったのー」
「まぁ、学校にメイドさんなんかいる訳ねーし
な」
「常盤台中学なら普通にいるんだけどなー」
「あのビリビリめ……」
 成金ライフな学園生活に対して小市民上条当
麻がめらめらと暗い炎に身を焦がす。
 上条は舞夏から塩ラーメンのどんぶりを受け
取る。
 お昼休みという事もあって学食は混雑してい
た。ただし全員同じミサカフェイス。みんなが
みんな全く同じ動きでとんかつ定食を食べてい
る光景はシュールの一言で片付けられないほど
奇妙だ。
 そっくりさんだらけの学食を歩いて御坂美琴、、、、
の向かいの席に座る。
 美琴はちょっとだけ驚いたような顔で、
「自分で言うのも何だけど、よく一発で本物が
見分けられたわね」
「そんなの見りゃ分かるだろ普通に」
 上条が特に何も気にせずに答えると、美琴は
ほんの少しだけ顔を赤くした。上条は割り箸を
パキリと割りながら、
「だってお前一人だけなんか変なの食べてる
し」
「変って言うな! 普通にラタトゥーユ食って
るだけじゃない! ってか今の一瞬だけ私の中
に芽生えたあったかいものは何なの? 返せ私
の胸の高鳴りを!!」
「ラタトゥーユってもう何語でどこの地方で親
しまれてる料理なのかも想像つかねーよな」
「おうい! アンタの視線は私を無視して料理
にしかフォーカスが合ってないの!?」
「こんなレアものは学食なんぞにあるはずない
んだけど……これがあれか。舞夏効果か」
 地味にやるなぁ舞夏、と上条がカウンターの
方を見ると、メイド服の少女はピザ生地を人差
し指で支えてくるくると回していた。上条の視
界的スポットライトの外に追いやられた美琴は
両手で顔を覆って何かめそめそしている。

「う、うう、アンタは一体私をどんなキャラだ
と思っているのよ?」
「あ? キャラとか何とか言われてもなぁ。あ
れじゃねえの、なんか前髪が長くて目が隠れち
ゃってるキャラとか」
「顔なしの無個性背景キャラか私は!? くっそ
ー。妹達にはしっかり妹キャラっていう比重の
重たいポジションがくっついてるってのに」
 美琴が己の出生に不満を持っていると、その
横から、
「そうだぞそうだぞー。ミサカも妹キャラなん
だぞー、ってミサカもミサカも両手をパタパタ
振って便乗してみる」
「?」
 割り込んできた声に、上条と美琴は視線を横
へやった。
 美琴、あるいは御坂妹とほとんど同じ顔立ち
の少女がそこにいた。が、歳は一〇歳ぐらいだ
し、美琴より頭一つ分ぐらい身長は低いし、な
んか裸に空色の毛布一枚という尋常でない格好
をしている。
「ミサカは数多の妹キャラの中でも究極のロリ
キャラ担当なの、ってミサカはミサカは宣言し
てみる。見た目一〇歳で実質年齢満○歳。この
一切の言い訳ができないボディに萌えられるも
のなら存分に萌えてみろってんだー、ってミサ
カはミサカは胸を張ってみたり」
「はぁ」
 上条と美琴は一度だけ顔を見合わせた後に、

「「……そもそも、誰?」」

 同時に告げると、幼い女の子はビクリと肩を
震わせて、
「う、うえ、うえーん、そういえば実際に顔を
見せるのはこれが初めてだったかもー、ってミ
サカはミサカはべそかいて逃げながら捨て台詞
を吐いてみたり」
 両手で顔を覆いながら走り去る謎の毛布少女
を上条はしばらく眺めていたが、やがて何事も
なかったように美琴の方へと視線を戻し、
「妹達が妹キャラなのは名前が名前だからなぁ。
お前も坂妹さかまいとかだったら良かったんじゃね
えの?」
「……それだと四〇歳五〇歳を過ぎても延々と
十字架キャラクターを背負い続けなくちゃならなくなるわ
よ」
 美琴はため息ついて、
「大体キャラクターキャラクターって言うけど、
そもそも今日の学園都市ってどうなってんの
よ? なんか常盤台中学の方もあちこちに意味
もなく薔薇が咲き乱れてお茶会とか縦ロールと
かおーほっほっほとかが満載のおかしな空間に
なってたし」
「??? って言われても、それはいつもの常
盤台中学と同じでは?」
「……、アンタ、ウチの学校をどんな目で見て
た訳?」美琴はぐったりしながら、「あー、『ル
ール』だっけ? なんか学園都市がおかしくな
ってる理由。今日はそういう日だから、とかい
うとんでもない理論で朝っぱらから黒子がやた
ら抱きついてきたから枕で叩き返したけど。っ
てか、にっこにこの笑顔でいきなり人に抱きつ
いてくる『ルール』って何なのよ……?」
 はて、と上条は首を傾げる。
 確か朝にも姫神がそんな事を言っていた気が
するが、別にメモを取っていた訳でもないので
細部まで詳しく覚えていない。
 ルール。
「何だっけ? 確か放課後になると俺の下駄箱
に手紙が入ってんだよな。で、それを読んだ時
点でこの怪しい日常もおしまい、と。仮に一通
も手紙が入っていなかった場合はなんかすげー
当たり障りのない人生が待ってるらしいとか姫
神は言ってたけど」
「逆に複数の手紙が入ってた場合は最も相応し
い一通を残して、他の手紙は全部消失するって
『ルール』があるらしいわね。つまり複数同時
攻略はできないって寸法よ。あと男からの手紙
は無効だって」
 美琴の台詞には専門的な言葉がいっぱい使わ
れていて一息に理解するのは困難を極める。
(確か姫神は俺は手紙の相手のルートに進むと
か一度ルートを選ぶと後はエンディングまで一

直線とか訳の分からない事を言ってた気がする
けど)
「……でも、その手紙とやらとキャラクターっ
てあんまり因果関係はないような気がするぞ」
「うーん。別に『手紙』がキャラクターを生産
している原因みたいなモノじゃないと思うわ。
というより、決着は何でも良いんでしょうね」
「?」
「ようは、終わらせるのが重要なんじゃない、、、、、、、、、、、、、、、
あくまでも変化の中心点は『手紙』じゃなくて
私達『人間』の方なのよ。いかにも『お約束』
的な思考・言動・状況を作り出すキャラクター
性が何らかの仕組みやらルールやらトリックや
らで増幅されてるって訳。で、そんな歪になっ
ちゃった集団は何らかの……それこそお約束な
人間が全員お約束的に納得できるような『終わ
り』を求めてる。異常を日常へ戻すためのね。
だから『終わり方』にこだわる必要はないわね。
『手紙』でなくても―――例えば、校舎裏でこ
っそり告白されたり、巨大怪獣をやっつけたり、
夕焼けの土手で殴り合ったり―――とにかく、
何でも良いからさっさと『一区切り』つけて
わりンドにして、とっとと元の日常生活に戻りたい
ってトコじゃないかしら。おそらくこのメンバ
ーを使った周辺へのダメージが一番少ない終わ
り方ってのが『手紙』なんでしょ」
 いかん。
 と、上条は心の中だけで思う。
 ヒートアップするあまり御坂美琴嬢が壊れ始
めた。
「とにもかくにも面倒よね。本当、さっさと終
わってくれないかしら」
「あ、なんか今、ようやく似たような疑問と意
見を持つ人と出会って上条さんのまぶたに涙が
滲んできましたよ?」
「……そんな嫌な事あったんかい。で、そもそ
も私にくっついてるキャラクターってのが『お
嬢様キャラ』らしいんだけどさー、実際そんな
のある訳ないと思わない? あんなひらひらふ
わふわしたドレスの着方なんて分からなくなる
時もあるわよ。ピアノとか社交ダンスとか、で
きるっちゃできるけど、別に得意げな顔で専門
知識をひけらかしたり、できない人間を見下し
たりなんてしないわよ。私だって漫画読みたい
もん。紅茶なんて別に缶でいいじゃん」
「ふ、普通だ。今ようやく俺の前に普通の世界
が戻ってきた!」
 上条がふるふると体を小刻みに震わせている
と、何を当たり前の事で感極まってんだか、と
美琴は息を吐いて、
「あんなの偏見なのよ。ドレスなんて専門のス
タッフが着付けてくれるもんだし紅茶なんてメ
イドが持ってくるもんだし。別に綺麗なものを
着て美味しいものを飲むのに自分の手を使う必
要なんてないじゃん。それを選んで運んでくる
ために各業界の人間がいるんだし、お客様の知
識に頼りきって人の頭を疲れさせるような連中
にゃお金を払う必要なんざないのよ」
「……、にんてー。テメェは間違いなく世間知
らず系お嬢様だっ!!」
 上条当麻、異国の地で言葉の通じる人と出会
えたと思ったらそれは対観光客用の詐欺師でし
たの心境。
「えぇ!? 何でよ何でよ? アンタだってタク
シーの運転手に『あれ? あれー……、すみま
せん、アクセルはこっちのペダル、ですよね?』
とか恐る恐る聞かれたらビビるでしょ?」
「中学生はそんな頻繁にタクシーなんか使わね
えよ! なんか今のお前はパンがなければお菓
子を食べれば良いじゃないとか普通に言いそう
だし!」
「???」
 美琴はキョトンとした顔で上条を見る。
「大体、キャラキャラっていうならそもそもア
ンタは何キャラなのよ?」
「は?」
 上条はしばらく考えた後に、
「……、うーん。無難にいくならやっぱり不幸
キャラじゃねえの?」
「不幸?」
 美琴は眉を片方だけピクンと跳ね上げて、
「ふーこーおー!?」
 突然の絶叫に上条は『ひぃっ!?』と飛び下が
ろうとするが、美琴はそれより先にあちこちを

―――とんかつ定食をもくもく食べてる膨大な
数の御坂妹達を―――ビシビシと指差して、
「これのっ! どこがっ! 不幸だってのよ!!
この無自覚ラッキー野郎! 一万人弱もの女の
子と(ち、超好意的に……ぼそぼそ)知り合っ
ておきながら不幸はないでしょ! まったく、
まったくまったくまったく! フラグを立てた
ら立てっぱなし! ほら、ちゃんと立てたら自
分でお片付けしなさいよ!!」
「そうだよ! とうまの馬鹿!」
 と、美琴の叫びに呼応するようにインデック
スが学食に入ってきた。
「とうまはいっつもそんな感じ! 手当たり次
第にお知り合いになるくせにその先には進まず、
かと言って別にその子を諦める訳じゃないから
まさにとりあえずキープ状態! っていうか一
万人って何!? もしかするとちょっとした市国
の総人口と同じぐらいかも!!」
 今度は騒ぎを聞きつけた小萌先生と姫神秋沙
がやってきて、
「いちまん。……、一万? ふっ、上条ちゃん
伝説を甘く見てはいけないのですよシスターち
ゃん。上条ちゃんがあなたに会う前に一体どれ
ほどの神話を築いてきたと思ってるのですか
ー? ふふふ。うふふのふー」
「その少女の好想ばーじんを。右手の指をあれこれ使っ
てブチ破れ」
 黒髪少女の平淡な声に、通りかかった黄泉川
と神裂が反応して、
「おー。するとその内私も少年趣味に目覚めさ
せられてしまう運命にあるんじゃんって事な
の?」
「……、流石に後方を司る大天使は堕とせなか
ったようですけどね」
 日本刀使いの声にもはや隠すものなく背中か
ら翼を生やしたミーシャが横から、
「解答一。私に厳密な自我はないためそれは事
実上不可能だが、先のような異常環境下ならば
言動の基準値に狂いが生じて自我のようなもの
を得る可能性はある。あの右手はその程度の破
壊力は有しているため安心はできないものと思
われる」
 そこへやってきたメガネ少女風斬氷華は、恐
る恐るといった感じに、
「うん、あの人は人間以外だって割とお構いな
しだから……」
 とんかつ定食のキャベツを食べていた妹達は
一斉に顔を上げて、
「人工物であってもお構いなしだそうです、と
ミサカは補足しておきます」
 白井黒子は両手に腰を当てながらずかずかと
学食に入ってきて、
「そうですのよそうですのよ。お姉様はそんな
殿方に不用意に近づきすぎですのよ。だからち
ょっとは距離を置いて、むしろその分こちらへ
近づいてきていただければ―――って、ぶが
ぁ!? おねっ、おねえさまが……おねえさまが
がくしょくをせんきょしてるー……」
 鼻血まみれで床へ沈む白井黒子に空色の毛布
で体を隠した少女が押し潰されそうになり、
「お、重たい重たいってミサカはミサカは警告
文を発してみる。ミサカもなんかコメントした
い対等に意見したいって言ってるのに誰も彼も
ちっとも相手にしてくれないのは何故? って
ミサカはミサカは鼻血だらけのおねーちゃんの
下で手足をバタバタしながら嘆いてみたり」
 毛布少女は何か言っていたが、皆は顔を見合
わせて『誰?』『誰なの、とうま?』『ミサカも
厳密には遭遇するのは今日が初めてです、とミ
サカはとんかつをご飯の上に乗せながら答えま
す』とか何とか薄情な事を言うばかり。ただ一
人、床に伏した白井黒子だけが『おね、おねえ
さまが小さくなってますのー』とひくんひくん
震えながら幸せそうな声を出していた。
 集まった少女達はお互いの顔を見合わせた後
に、やがてその視線を一点に集中して、
「結局とうまは何キャラなんだろうね?」「こ
の膨大なフラグを見りゃ分かんでしょうが」
「どうもあなたはミサカをまとめて一フラグと
見ているかもしれませんがそんな話は通りませ
ん、とミサカは×一万ボイスでコメントしま
す」「ミサカもその内の一人なのに誰も相手し
てくれない、ってミサカはミサカは絶望の淵に
追い込まれてみる」「ふ、うふふ。ならばこの

黒子が時が経つのを忘れるほどお相手して差し
上げますわー……」「あー、ちょっと努力すれ
ば今からでもこっちのルートもオーケーかもし
れないぞー?」「考えてみればメイドちゃんは
上条ちゃんと日常的に一緒にいる割にはあんま
りなびいてませんよねー」「おっ、その発言は
日常的に一緒にいる月詠センセはなびいちゃっ
てるとも捉えられるんじゃん?」「あの、私は
一応……お友達からって事に、なってるんです
けど……」「問一。もう御使堕しによる誤作動
がどうのと言う前に『神の力』の名の下に肉欲
の罪で罰しても構わないと思うのだが」「それ
については賛同しますが、あれは叩いた程度で
直る馬鹿ではありませんよ。下手すると相手が
強ければ強いほどに、より一層やる気になって
しまうかもしれない危険因子です」「あら。あ
らあらあらあら。どさくさに紛れて母さんも登
場しちゃうわよ?」「じゃあ乙姫わたしもどさくさに
紛れておにーちゃんを小突いてみるもん。遊ん
で遊んでー」「……。コメントするの。割り込
めなかった」
 四方八方から飛んでくる声の洪水に、上条の
頭の処理能力が限界を迎える。
 彼の瞳がぐるぐるぐるぐるー、と回って、
「う、うわ、うわあ!? ギブですギブ! って
か聖徳太子だってこんな数の会話を同時に処理
できるか! 結局結論としてお前らは一体何が
言いたいんだ!?」
 ぐりん、とその場の全員が上条少年を見る。
 注目を浴びた男子高校生の背筋が凍る。
 その場の全員を代表するように、二人の少女
が同時に声を放った。

「「とうまアンタはどっちつかずで沈んでいくキャラ
かもじゃない?」


 そして放課後。
 ガラクタを寄せ集めた前衛アートに夢中にな
っている美術教師シェリー先生や色々裏方で頑
張ってきたけど今日はもうダメだ収集がつかな
いと頭を抱える土御門、美人じゃなくて残念だ
ったね? と語尾上がりの口調で語りかけるカ
エル顔の校医さんなどをどうにかこうにかやり
過ごし、家庭科室の掃除を終えて無人の昇降口
へやってきた上条当麻は、恐る恐る自分の下駄
箱の扉を開けて、中を覗いてみた。
 ある。
 封筒が入っている。茶封筒に良くあるような
縦長のものではなく、洋風レターセットに見ら
れるような横長の真っ白な封筒だ。赤いシール
で封を留めてあり、その一点のみの色彩がワン
ポイントになっている。
『ルール』では、今日の学校生活の締めくくり
に手紙が届くという事だった。
 そして『今日』は上条当麻の人生の方向性を
大きく左右する特別な日で、手紙の差出人と上、、、、、、、、
条当麻の人生は深く結びつくとか、、、、、、、、、、、、、、、
 言ってしまえば拒絶不可・問答無用の絶対宣
言ラブレターのようなものだ。
「誰から……?」
 上条は辺りをキョロキョロと見回してから、
封筒を手に取ってみた。これは本当に紙なのか
と疑いたくなるようなサラサラした手触りがす
る。正直レターセット業界のブランド名なんて
サッパリ分からないが、かなりの上物らしいの
は予測がつく。元々そういう香りがついている
のか、はたまた演出的に香水でも噴きつけたの
か、わずかに甘い匂いが鼻につく。やたらめっ
たらにお上品な感じのする一品だ。
 封筒を表にしても裏にしても、差出人の名前
は書いていない。
「……、」
 開けてみよう、と上条は封筒を留める赤いシ
ールに指を走らせ、しかしわずかにためらった。
博物館でガラスに囲まれた展示品に触れようと
しているような感覚に陥る。上条の人差し指が
赤いシールの上を何回か上下する。それからわ
ずかに爪を立てて、赤いシールの端をめくった。
 剥がれる音はしない。
 そんな無粋な音は立てない。
 おそらく付箋に使うような、特殊なモノなの
だろう。シールは音も立てず、また封筒に剥が
れた痕跡を何一つ残さず、絹の衣が少女の柔肌

から滑り落ちるように丁寧に丁寧に剥離してい
く。
 上条は封筒に手を入れる。指先が震えている
のにようやく気づく。目の前にあるはずの紙切
れが掴めない。二回、三回と失敗して、ようや
く封筒の中から目的の便箋を取り出す。
 便箋は一枚きり。
 淡いパステルカラーの紙は三つに折られてい
て、上条はそれを広げるだけで緊張した。
 そこにはこう書いてある。
『拝啓 上条当麻様』
「サマ!?」
 ビクゥ! と無意味に震える上条は、手紙の
内容に目を通しながら、わずかでもこれを送っ
てきた可能性のある人物の顔と名前を脳裏に浮
かべていく。
『突然の無作法をお許しください。ですがどう
してもあなたにお伝えしたい事があり筆を取ら
せていただきました』
(インデックス……?)
『私は現状、学園都市が抱えているとあるルー、、、、、
を承知の上でこの手紙を書いています。つま
りそこに含まれる意図はそのルールのまま、と
いう事になります』
(姫神秋沙、御坂美琴、御坂妹、神裂火織、ミ
ーシャ、一方通行―――いや待て、今何かおか
しな顔が浮かんだけどそれは削除。白井黒子、
土御門舞夏、風斬氷華、月詠小萌、黄泉川愛穂、
変な毛布少女)
『ルール上では、複数の手紙が存在した場合は
該当するモノ以外は消失し、本命の一通のみが
残るという話です。私はこの手紙が消失しない
事を願っています。そしてこの願いが、あなた
の元まで届く事を祈っています』
(誰だ? 丁寧な文体からすると……いや、封
筒がやけにお上品なのも気になるし……でも話
し言葉と手紙の書き方は違うかもしれないし
……封筒ぐらいなら奮発できるかも……そもそ
もメールじゃなくて今時手紙っていうのは
……)
『私は、あなたが好きです』
(誰? 誰! 誰!?)
『どうかこの言葉が、あなたにとって幸福の内
に収まりますように。●●●●●●●』
 ありゃ? と上条は手紙の最後で首を傾げた。
 差出人の名前を書いてあるらしき場所が、上
からペンを使って、ざーっと塗り潰されている。
 結局誰だか分からないまま。
(おい、ちょっと。ここまで来てそりゃねーだ
ろ! 待て待て待て待て、こんなでっかい伏線
を放ったらかしにしとくなんて上条さんは許し
ませんよ! くそ、何とか、どうにかして名前
は分かんねーのか!? っつかここまできて恥ら
ってんじゃねえ! それとも焦らしか何かのテ
クニックかこれは!?)
 上条は手紙をひっくり返したり表面をなぞっ
たりと色々試してみる。と、蛍光灯の光にかざ
して見るとうっすらと文字が読み取れた。初め
に名前を強く書いて、その後に弱い力で塗り潰
しているため、紙面に文字の凹凸が残っている
のだ。
 インクに覆われたその奥に隠れた、小さな小
さな可愛らしい文字の先頭は、
『イ』
「イ―――ッ!?」
 カタカナで『イ』。該当するのは一人だけ。
 上条は知らず知らず手紙を思い切り顔に近づ
けて、

『イノケンティウス』

 瞬間、上条当麻は手紙を封筒ごとバシンと床
に叩きつけた。
 マスクメロンのようにビキバキと顔面に血管
が浮き出る。浮き出まくる。
 ビカァ!! と上条は両目から閃光を放ち、
「あ・の・腐れ神父がァァあああああああああ
あああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああ
ああああ!! おのれ、封筒から香水の匂い、、、、、がし
た時点で何故気づけなかった、上条当麻!!」
 両目から悔し涙を滝のように流す純情少年の
絶叫が夕暮れの校舎に響き渡る。
 そんな彼の後ろから、ごうごうと炎の巨神が

立てる音が近づいてくる。


『ルール』の上では男の手紙は無効になるとい
う。
 が、そもそも性別もなければ命もない、単な
る炎の塊の場合は判断のしようがないだろう。
有効にも無効にもならない、単なる保留のまま
『ルール』は終結していく。
「まぁ、流石にあれだ」
 体を真っ二つに引き裂いたような絶叫を聞き
ながら、校舎の壁に寄りかかったイギリス清教
の神父は軽く片目を瞑った。
「……、こういう場面を黙って見ていられるほ
ど、僕も大人じゃないという訳だ」
 彼の手の中にあるのは複数の封筒、、、、、
 中身を確かめた訳ではないが、おそらく内容
は一片の冗談も含まれない願いの結晶。
『ルール』により危うく消えかけていたそれら
を抱え、ステイルは上条当麻の教室へ向かった。
『ルール』を守るとなれば、下駄箱以外の場所
に手紙が入っている分には消去は行われない、、、、、、、、
机の中にでも放り込んでおけば、いずれ上条当
麻は手紙の存在に気づくだろう、と。
 誰から見ても損な役回りを、幼い神父は自ら
引き受ける。
 彼自身も気づいていないだろうが、その顔に
浮かぶ表情はどこか楽しそうに。

終了

※【プラス α達】の不自然なスペースは原文ママ。
※【噛】【剥】【掴】は正確には環境依存文字のほう。