キルバラ勝負でうちが手も足も出ず完敗したのをいいことに、カイ は堂々とサボっていた。 |
それでも、帰らずに付き合ってくれてるわけで、そういうところがカ イを憎めない理由なの。 |
ホント、照れ屋さんなんだから。 |
あき穂 「…………」 |
キルバラ勝負でうちが手も足も出ず完敗したのをいいことに、カイ は堂々とサボっていた。 |
それでも、帰らずに付き合ってくれただけマシだけど。 |
あき穂 「…………」 |
ロボ部が今のうちとカイの2人だけになってからは、もっぱらメンテ ナンスはうち1人で行っている。 |
カイはさっきのキルバラ勝負のように、ことあるごとに理由をつけ てサボるのだ。 |
あれじゃ幽霊部員と変わらない。部に所属はしているけどろくに手 伝ってくれたことなんてない。 |
月に一度、1人でやる整備にうちはいつも1時間ほどかける。 |
あき穂の手は油でベタベタしている。それをまったく気にしていな い様子で、1人で納得したようにうんうんとうなずいた。 |
あき穂 「てなわけだから、同じ変人同士、いよいよ手を取り合って部のため に協力すべきなんだよ〜♪ そう思うでしょ?」 |
海翔 「つまり?」 |
あき穂 「来月の油注しは、カイがやって?」 |
海翔 「アキちゃんが俺に勝てたらね」 |
あき穂 「そんなの無理」 |
海翔 「っていうか、手を洗いたいんだけど」 |
あき穂 「おおっ……」 |
あき穂も自分の手の汚れに気付いて、ようやく手を離してくれた。 |
手を洗った後、車庫のシャッターを閉めて鍵をかけた。 |
瑞榎 「だからカイ、伝言よろしく」 |
海翔 「俺に頼み事なら、条件があります。キルバラで俺に勝ったら――」 |
瑞榎 「ポケコンは持ってないつってんでしょ。いいから伝えな」 |
海翔 「は、はい……」 |
言うだけ言って、瑞榎さんは昨日の新聞を広げて読み始めた。どうや ら話は終わり、ということらしい。まるでおっさんみたいだ。店番の 態度じゃないよなあ。 |
早川 「え、でも暇そうじゃん……」 |
海翔 「変わってもいいよ」 |
昴 「もう20回以上、そう答えたはずですが」 |
あき穂 「日高くんが帰宅部を続ける限り、うちはいつまででも勧誘するよ」 |
昴 「いい加減、学習してください。僕は前にもこう言ったはずです」 |
昴 「“僕に話しかけないでください”と」 |
ニコリともせずに、辛辣な言葉を淡々と投げつけてくる。 |
実に生意気な後輩だねぇ。 |
あき穂 「でもほら、ロボ部にとっては日高くんの技術力が必要なの!」 |
あき穂はふてくされて、ガンヴァレル鑑賞へと戻った。 |
よしよし。今日はけっこう早く話が終わったぞ。 |
というわけでキルバラを始めよう―― |
あき穂 「カイも勉強の一環として見ようよ!」 |
海翔 「それって俺を従わせようとしてる? だったら、勝負してもらわな いと」 |
あき穂 「…………」 |
俺が自分のポケコンを掲げ持つと、あき穂は唇を尖らせて俺に背を 向けた。 |
あーあ、完全にヘソを曲げちゃったかな。 |
でもこれは俺の中でのルールなんでね。 |
誰も俺からキルバラをプレイする時間を奪うことはできないのさ。 |
海翔 「アキちゃん、どさくさにまぎれてなに言ってんの……」 |
教頭とあき穂が、にらみ合う。 |
あき穂は厳しい表情のまま、拳を握りしめて立ち尽くしている。 |
海翔 「アキちゃん、とりあえずさ、お腹すかない?」 |
海翔 「ロボ部は、もう終わりさ。ここまでよくもった方だよ」 |
あき穂 「…………」 |
夢をかなえられる人なんて、ほんの一握りなんだ。 |
海翔 「腹減った……」 |
海翔 「俺はどう動くべきかね……」 |
あき穂はおとなしくしててはくれないだろうから、俺の方も方針を 決めておかないと。 |
とにかくあき穂に無理させないことが最優先だ。 |
海翔 「…………」 |
海翔 「俺はどう動くべきかね……」 |
いや、動く気はないんだよ。ホントに。 |
海翔 「…………」 |
海翔 「少なくとも、俺に手伝えることなんてなさそうだし」 |
ウインナーに続いて、梅干しを口の中へ。 |
あき穂 「あと、カイのお弁当のウサギリンゴ、1個ちょうだい」 |
……まったく、人の気も知らないで呑気なもんだよ。 |
あき穂 「あと、カイのお弁当のウサギリンゴ、1個ちょうだい」 |
海翔 「じゃあ、キルバラで勝負する?」 |
あき穂 「ケチー!」 |
唇を尖らせて、あき穂は俺の席から離れていった。 |
海翔 「夜まで探すつもりなの」 |
しょうがない、手伝うか……。 |
たまきおばさんの料理も久々にごちそうになりたいしね。 |
でも結局、夜まで探しても目当てのマニュアルは見つからなかった。 |
海翔 「夜まで探すつもりなの」 |
俺はあき穂の手を優しく引き剥がすと、ニヤリと唇をゆがめて見せ た。 |
海翔 「ま、いいよ。手伝ってあげるよ」 |
あき穂 「ホント!?」 |
目を輝かせるあき穂に、俺は残酷な現実というものを教えてやるこ とにした。 |
海翔 「ただし、キルバラで勝負して俺に勝ったらね」 |
あき穂 「ええー……」 |
あからさまに不満そうな声を出して、あき穂は肩を落とした。 |
あき穂 「ふぅ。はー、生き返るー」 |
あき穂 「でも珍しいね。カイが自分から部活に出てくるなんて」 |
海翔 「別に手伝う気はないから、安心してよ」 |
あき穂 「…………」 |
とりあえずいつもの定位置は濡れていて座れないので、仕方なく部 室内のイスに落ち着くことにした。 |
海翔 「それより昨日、マニュアルは見つかったの?」 |
あき穂 「うん、これ」 |
海翔 「俺の予想通りだったね」 |
ま、他に探してないのはそこだけだっただけなんだけど。 |
海翔 「で、名誉部長は直りそう?」 |
海翔 「俺の予想通りだったね」 |
あき穂 「カイが一緒に探してくれないから、見つけるのに夜までかかっ ちゃった……」 |
海翔 「それはアキちゃんが勝負で負けたのが悪いんだよ」 |
あき穂 「カイに勝てるわけないでしょー」 |
ドライバーの先端を鼻先に突きつけられた。 |
危ないのでそっと押しやる。 |
海翔 「で、名誉部長は直りそう?」 |
あき穂 「んーと、全サーボモーターの動作チェックとか、サーボアンプが正常 かどうか調べたりとか」 |
あき穂 「あ、サーボ用のテストボードが行方不明なんだ……。ね、カイ、隣の 倉庫で探してみてくれないかな? あと、プロボも!」 |
海翔 「じゃ、勝負を」 |
あき穂 「しないから」 |
それは残念。 |
あき穂 「後でロボクリニックに行ってこようかな……」 |
さてと、それじゃ俺はキルバラを始めるとしようかな。 |
あき穂 「ゲームするなら、テストボードとプロボ探してよー」 |
海翔 「んー? んー」 |
適当に受け流しつつ、キルバラ開始。 |
あき穂は名誉部長をバラしながら。 |
あき穂 「操縦する人のこと」 |
海翔 「別に興味ないかな」 |
瑞榎 「またアキのために一肌脱ぐわけだ?」 |
海翔 「そんな大層なものじゃないよ。でもま、何事もスムーズに進んだ方 が、自分に降りかかる火の粉も少なくなるでしょ」 |
まだ中身が半分ほど残っている弁当箱に勢いよく蓋をすると、あき 穂は大徳さんのいる隣のクラスへ向かった。 |
でもすぐに戻ってきて。 |
あき穂 「なに呑気に見送ってるの!? カイも来てよー」 |
海翔 「俺、まだ昼メシ食べてないし」 |
あき穂 「そんなの後でも――」 |
海翔 「俺に一緒に来てほしいって、それはお願い? それなら、キルバ ラ――」 |
最後まで言い終わる前に、あき穂はひとりで教室を出て行った。 |
淳和 「あと、あの、今のあたしの話、藤田のおじいちゃんには、言わないで ね……っ」 |
あき穂 「大徳さん、うちの話を聞いて!」 |
教室に戻ろうとする大徳さんに追いすがったら、横から手が伸びてきて 軽く突き飛ばされた。 |
大徳さんの友達(お調子者っぽい方) 「ちょっと瀬乃宮。淳和をつけ回すのやめなよ。怯えてるじゃん」 |
大徳さんの友達(気が強そうな方) 「そうだそうだ。ダメダメロボ部とかかわったりなんかしたら、ろく なことにならなさそうー」 |
さっき大徳さんと談笑してた女子2人だ。大徳さんをかばうように、 うちの前に立ちはだかってくる。 |
大徳さんの友達(お調子者っぽい方) 「淳和は次の週末に国体予選があるんだから。邪魔したら私らが許さ ないよ」 |
淳和 「あと、あの、今のあたしの話、藤田のおじいちゃんには、言わないで ね……っ」 |
あき穂 「あっ、ちょっと……」 |
うちの制止を振り切って、大徳さんはものすごい勢いで教室に戻っ ていってしまった。 |
あき穂 「ううー、諦めるもんかー!」 |
逃げていった大徳さんを追いかけて、再び1組へ。 |
あき穂 「大徳さん、うちの話を聞いて!」 |
ところが1組に飛び込んでいった途端、さっき大徳さんと談笑してた 女子2人が、うちの前に立ちはだかった。 |
大徳さんの友達(お調子者っぽい方) 「ちょっと瀬乃宮。淳和をつけ回すのやめなよ。怯えてるじゃん」 |
大徳さんの友達(気が強そうな方) 「そうだそうだ。ダメダメロボ部とかかわったりなんかしたら、ろく なことにならなさそうー」 |
大徳さんの友達(お調子者っぽい方) 「淳和は次の週末に国体予選があるんだから。邪魔したら私らが許さ ないよ」 |
あき穂 「別に大徳さんをいじめようとか、そんなつもりじゃないよぉ」 |
もう、大事な話してるのに邪魔しないでほしいなあ! |
2人を押しのけて教室内に入ろうとする。 |
でも、相手も抵抗し、通してくれない。 |
淳和 「ま、待ってみんな……」 |
淳和 「先に、お手洗いに行ってきても?」 |
しまった、予想以上に長く引き留めちゃった。 |
謝りつつ、どうぞどうぞと通してあげた。 |
……待つこと3分。 |
お手洗いから出てきた大徳さんは、うちがまだ待っていたことに気 付いてギョッとした。 |
さっきの話の続きを促すと。 |
淳和 「じゃあ、えと、使えるかどうかは分からないけど、前蹴りとか」 |
淳和 「先に、お手洗いに行ってきても?」 |
あき穂 「えー?」 |
うちがしょんぼりすると、大徳さんはすぐに苦笑した。 |
淳和 「じゃあ、えと、使えるかどうかは分からないけど、前蹴りとか」 |
海翔 「…………」 |
ったく、このバカ。 |
だから無理させたくなかったんだ。 |
ただでさえロボ部の活動に対して焦り気味だったのに。 |
海翔 「…………」 |
そんなにも無理してたってことだよね。 |
ただでさえロボ部の活動に対して焦り気味だったのに。 |
海翔 「やれやれ……」 |
でも俺も、あき穂に無理させないように動いてたのに、注意が足り なかった。 |
もっとしっかり止めておけばよかったのか? |
それとももっと協力しておけばよかったのか? |
海翔 「…………」 |
分かんないよ。 |
分かんないけどさ。 |
支え合う、か……。 |
海翔 「やれやれ……」 |
それにしたって、無理しすぎだよ。 |
あんまり世話かけすぎないでほしいよなぁ。 |
海翔 「…………」 |
支え合う、か……。 |
ここでそれを言い出すとは、この女、なかなかの策士。 |
ズルいよ。 |
海翔 「分かった」 |
ここでそれを言い出すとは、この女、なかなかの策士。 |
ま、そのことは俺なりに考えてたけどね。 |
今はすべての負担をあき穂が抱え込んでしまっているわけで。 |
その負担を分散させれば、発作が起きるほどの無理をすることも減 るだろう、って。 |
気乗りはしないけどさ……。 |
海翔 「分かった」 |
安心させるようにあき穂の肩をポンと叩くと、そのまま日高昴のと ころまで歩み寄っていった。 |
昴 「……ロボ部は、廃部だそうですね」 |
ニコニコしながら、その湯飲みを置いた。 |
ニコニコしながら、その湯飲みをあき穂の前に置いた。 |
なのに気が付けば、昴とホビーロボ遊びをする羽目になっちゃってる わけで。 |
そのせいで、あき穂の保護者的な立ち振る舞いが、あんまりできな くなってるし。 |
これじゃ本末転倒だ。 |
でも、この迷える子羊にあき穂を見ててもらえば、俺も少しは安心 できる。 |
ちょっと頼りなさそうではあるけど。 |
空手をやってたぐらいだから、運動神経もいいはず。 |
なのに気が付けば、昴とホビーロボ遊びをする羽目になっちゃってる わけで。 |
その上、あき穂からもあのロボのパイロットになれとかふざけた要 求をされてる現状は、俺にとっては非常によろしくない。 |
快適なゲームライフが遠ざかっている。 |
というわけで、迷える子羊を生け贄に捧げよう。 |
あき穂のお守りとしては、ちょっと頼りなさそうだけど。 |
空手をやってたぐらいだから、運動神経もいいはず。 |
海翔 「いやあ、勘弁してくれないかな……」 |
顔では笑ってごまかしながらも、内心では苛立ちの感情がわき上 がってきていた。 |
勘弁してよ……。 |
海翔 「俺に付き合わせたいなら、勝負を――」 |
俺に構わず、あき穂は入口のインターホンを押した。 |
海翔 「なるようにしかならないって」 |
そう答えて俺は、キルバラを起動させた―― |
海翔 「なるようにしかならないって」 |
海翔 「個人的には、戻ってきてほしくないかな」 |
あき穂 「カイ!」 |
海翔 「だって昴が戻ってきたら、ROBO−ONE世界大会に出なくちゃいけ ないからね」 |
海翔 「貴重な夏休みが潰れちゃうわけで。俺の望むのは、キルバラ漬けの 日々なわけだよ」 |
そんなわけで俺は、キルバラを起動させた―― |
諦めたというより、自然消滅、かな。 |
俺は幼い頃に発作持ちになっちゃったから。 |
そしてロケットもまた、打ち上げられなくなった。 |
諦めたというより、自然消滅、かな。 |
特にその夢を目指すために努力したわけじゃないし。 |
そしてロケットもまた、打ち上げられなくなった。 |
つまり今、ここにいるのはロボ部の4人だけ。 |
淳和 「うっ、ぐすっ、ひくっ……」 |
淳和はここに連れてこられてからずっと、しくしくと泣き続けてい る。 |
車内では恐怖のあまり声も出なかったらしい。 |
空手をやってるから、たぶん俺たち4人の中で一番強いはずなんだ けど。まったくなんの役にも立たなかったなあ……。 |
昴 「鍵がかかっているわけではないようですね」 |
あき穂 「場を和ませるための、会心のギャグでしょ、ギャグ」 |
と、ドアが開いて、フラフラとした足取りでフラウが入ってきた。 |
あき穂 「まさかお父さんの差し金なの!? 説明して!」 |
健一郎 「いやあ、その、まさかこんな大ごとになるとは、僕も思ってなくて ねぇ……」 |
健一郎 「そちらの子は、ええと、大丈夫?」 |
淳和 「あっ、は、はい……」 |
おじさんに気を遣われて、淳和は慌てた様子で涙を拭いた。 |
淳和 「ぐしゅっ、すみません……」 |
泣き腫らしたせいで、すっかり目が真っ赤だ。 |
あき穂 「お父さん! どういうことかって聞いてるの!」 |
?? 「それについては、私が説明します」 |
海翔 「俺、アキちゃん以外がどうなろうと、あんまり興味ないんだよね」 |
おっと、さすがに言い過ぎちゃったかも。 |
要するに、あき穂の想いをないがしろにはできないんだよ、俺は。 |
もちろん、だから淳和に死ねって言うつもりもないけど。 |
少なくとも俺は、ここで昂とJAXAに肩入れするつもりはなかった。 |
ロボ部の今後の方針について、あき穂抜きでコソコソ話したくはな い。 |
昴とJAXAの主張が正しいんだろうっていうことは、なんとなく分 かるんだけどね。 |
昴 「それじゃ、なにも解決せずに放置するつもりですか? 事故を起こ す可能性が高いのに?」 |
海翔 「俺、アキちゃん以外がどうなろうと、あんまり興味ないんだよね」 |
昴とJAXAの主張が正しいんだろうっていうことは、俺にはなんと なく分かるんだけど。 |
昴 「それじゃ、なにも解決せずに放置するつもりですか? 事故を起こ す可能性が高いのに?」 |
海翔 「なんだ、あれ……?」 |
隕石みたいなものが、空から落ちてくる。 |
(中略) |
---|
青空をバックに、隕石は徐々に高度を落として―― |
(中略) |
別に地面をえぐるようなすごい衝撃が起きたわけでもなんでもな く、本当に、ポトリと落ちたような感じ。 |
こんな近くに隕石が落ちてくるところなんて、初めて見た! |
落ちた場所があまりにも間近だったから、思わずその落下場所へと 足を運んでいた。 |
海翔 「これは……」 |
想像していたよりもずっと小さい。 |
パチンコ玉と同じぐらいだろう。 |
表面は黒く、かなり硬そうだ。 |
摩擦熱のせいかまだかすかに赤く輝いてる。 |
でもなんで急に落ちてきたんだ? |
この島で18年暮らしてるけど、こんなの初めてだ。 |
もしかしてピーガー音と関係している? |
恐る恐る、その隕石に手を伸ばそうとしたら―― |
(中略) |
放電したぞ! |
よく見ると、その隕石は黒いというより赤錆色をしていた。 |
それに表面の発光がおさまらない。もしかしたら摩擦熱によるもの じゃない? |
内部からぼんやりと脈打つように明滅してるようにも見えるけ ど……そんなこと有り得るのか? |
海翔 「これは、いったい……」 |
海翔 「なんだ、あれ……?」 |
黒い塊のようなものが、空から落ちてくる。 |
(中略) |
---|
青空をバックに、黒い塊は徐々に高度を落として―― |
(中略) |
別に地面をえぐるようなすごい衝撃が起きたわけでもなんでもな く、本当に、ポトリと落ちたような感じ。 |
もしかして隕石? |
落ちた場所があまりにも間近だったから、思わずその落下場所へと 足を運んでいた。 |
海翔 「これは……」 |
はじめ見たときは動物のフンかと思ったけど、すぐに違うものだと 悟った。 |
むしろ見た目は、砲丸みたいな感じ。 |
表面はかなり硬そうだ。 |
これが落ちてきたのかな? |
どこから? |
もしかしてピーガー音と関係している? |
恐る恐る、その拳大の塊に手を伸ばそうとしたら―― |
(中略) |
放電したぞ! |
しかも、よくよく見ると、その塊は黒いというよりもむしろ赤錆色 をしていて、さらには、奥の方がぼんやりと光っているように見え た。 |
海翔 「これは、いったい……」 |
まさか、ホントに渦巻いていたりは……しないよね。 |
パチンコ玉のように真ん丸に見えた形状も、よくよく観察すると違 うことが分かった。 |
あえて例えるなら、あんパンに切れ目を入れたような形状かな。 |
まさか、ホントに渦巻いていたりは……しないよね。 |
砲丸のように真ん丸に見えた形状も、よくよく観察すると違うこと が分かった。 |
あえて例えるなら、あんパンに切れ目を入れたような形状かな。 |
昴 「それと、もし仮に1号機の計6基のモータに使うなら、八汐先輩が 持ってるだけの量じゃまったく足りません」 |
昴 「その大きさのモノポールが、100個ぐらいないと」 |
あき穂 「カイ……」 |
300人委員会は一部富裕層を、地下深くのシェルターへ避難させること を計画している。 |
――300人委員会は一部富裕層を、地下深くのシェルターへ避難さ せることを計画している。 |
昴 「これは……」 |
それは小瓶だった。 |
中には、黒っぽい粉末がちょっとだけ入ってる。 |
火薬かなにかかと思ったら、モノポールを粉々になるまですり潰し たものらしい。 |
ビンの蓋を開けて、白い紙の上にその粉末を広げてみる。 |
不思議なことに、虹色の煙みたいなものが立つのがかすかに見え た。 |
キラキラ光ってて、すごくキレイ。 |
昴 「触っても大丈夫なんですか?」 |
昴 「これは……」 |
あき穂 「ステーキみたいだね」 |
淳和 「あの、その例えは、どうかと思うよ……」 |
あき穂 「そっか、ステーキじゃなくて、厚切りハムステーキをふたつ並べ た、っていう方が正しいかも」 |
淳和 「あき穂ちゃんって、そんなに、ステーキ、好きだった?」 |
あき穂 「ん? 別にそんなことないよ?」 |
淳和 「そ、そう……」 |
藤田 「こいつはな、モノポールをスライスしたもんだ」 |
厚さは2センチくらい。 |
8の字型をしてる、って言えばいいのかな? |
やっぱり、ふたつの厚切りハムを並べたようにしか見えない。 |
左右どちらのハムも、例によって細かい粒子が周囲に渦巻いていた。 |
それに、なんだろう、奇妙な光り方をしている。 |
右と左で、その規則性は違う。 |
どっちも、淡い輝きにグラデーションがかかっている。 |
右のハムは、外周部から中心部に向けて。 |
左のハムは、中心部から外周部に向けて。 |
その光景は、自然の鉱物って言うより、昔のSF映画に出てきそうな チープな小道具にしか見えない。 |
昴 「触っても大丈夫なんですか?」 |
藤田 「ま、結論出すのは、実際にモータに組み込んでみて、効果を見てか らだろうな」 |
あき穂 「電動式モーターに使えるなら、ホビーロボのノウハウが流用できる んだよね」 |
これこそが、ガンつく2のためにドクが設計してくれた新型モー ター。 |
モノポールから作った磁石を搭載してるっていう、人類史上初の サーボモーターなんだ。 |
ただ―― |
これこそが、ガンつく2のためにドクが設計してくれた新型モー ター。 |
モノポール搭載っていう、人類史上初のサーボモーターなんだ。 |
ただ―― |
やっぱり想像つかなかった。 |
このモーター1基に使ってるモノポールの数は、だいたい100個。そ れを全部すり潰してから圧縮して固め、さらにそこから永久磁石を 作るのと同じ工程を施してる……らしい。 |
モーターの内部を見せてもらったけど、モノポールから作り上げた 磁石は内側がかすかに赤く明滅していて、まるで生きてるみたいに 思えた。 |
モノポールは今も、宇宙ヶ丘公園に降り続けてる。 |
(中略) |
---|
今じゃ、1日に10個も20個も降ってきてる。 |
これって、冷静に考えると、かなり異常な事態かも。 |
モノポールが何十個も草むらに落ちてる様子は、まるでネズミの糞 がバラまかれてるみたいでちょっと気持ち悪いし。 |
さすがに近所の人たちもこのことに気付き始めてるんだけど、だか らって騒ぎにしようとする人はひとりもいなかった。ある意味、みん な呑気なんだと思う。 |
(中略) |
藤田 「足りないのは4基分か。今月中にはなんとかなりそうだな」 |
幸い、モノポールのストックはけっこう溜まってる。 |
磁石に生成するのにちょっと時間とお金がかかるけど、だいたい想 定通りに進んでる。 |
うちとしてはむしろ、このモーターで2号機はちゃんと動くのかが不 安なところ。 |
もっと1基のモーターに使うモノポールの数を増やせないかなって 思ったりする。 |
使う数を増やせば磁力も増えるかどうかは……よく分かんないけ ど。 |
でもうちのその意見には、ドクもスバルも否定的だった。 |
昴 「年内に組み立てを完成させたいなら、今より数を増やすのは避ける べきでしょう」 |
やっぱり想像つかなかった。 |
昴 「ドク、今、モノポールのことを話していましたが」 |
昴 「このモータ1基につき、いくつ使われているんですか?」 |
藤田 「5個だ。1個から5枚、スライスする。つまりモータに使ってんのは、 25枚のモノポールスライスと考えりゃいい」 |
あき穂 「それって、多いの?」 |
藤田 「1個1個が小せえからな。それくらいは必要なのさ」 |
ドクは言いながら、モーターの蓋を10分くらいかけて取り外し、中 を見せてくれた。 |
あき穂 「わー、なんだか、フジツボみたい……」 |
モーターの内側には、スライスされひょうたん型に加工されたモノ ポールが、びっしりと貼り付けられている。 |
その25個のフジツボが、それぞれ別々に虹色に輝いていて、すごく 幻想的に見えた。 |
藤田 「モータのでかさとパワーを出すことを考えると、これくらい使わね えと厳しい」 |
藤田 「ま、ストックはなんだかんだで100個くらいあんだろ? 単純計算 でもあと20基くらいは作れる計算だ」 |
モノポールは今も、宇宙ヶ丘公園に降り続けてる。 |
(中略) |
---|
今では、1日に3個ぐらい降ってきたりもする。 |
これって、冷静に考えると、かなり異常な事態かも。 |
さすがに近所の人たちもこのことに気付き始めてるんだけど、だか らって騒ぎにしようとする人はひとりもいなかった。ある意味、みん な呑気なんだと思う。 |
(中略) |
藤田 「足りないのは4基分か。今月中にはなんとかなりそうだな」 |
藤田 「ついでに1号機の方のモータも用意してやろうか? あっちは6基 かそこらで済むからな」 |
あき穂 「1基のモーターに5個のモノポールを使うのは、確定なの?」 |
あき穂 「例えばもっと多くしたら、さらにパワーを出せたりしない?」 |
藤田 「2号機はギリギリまで軽量化されてんだろ?」 |
藤田 「だったら、今の動力でじゅうぶんだと思うけどな」 |
藤田 「一度組んでみて、どうしてもパワーが足りねえってんなら、重点的 に必要な箇所のモータだけ、モノポールを増量してもいい」 |
昴 「年内に組み立てを完成させたいなら、今より数を増やすのは避ける べきでしょう」 |
あき穂 「でね、鎌田のおっちゃんとかにも協力してもらって。この島の町工 場総動員、って感じなんだよ」 |
俺は、キルバラをやりながら。 |
(中略) |
---|
目的はもちろん、モノポールだ。 |
よし、と。 |
あき穂の話を聞きながらも、キルバラをプレイする手は止めない。 |
ランキング200位前後の相手に、ストレート勝ち。 |
あき穂 「でね、鎌田のおっちゃんとかにも協力してもらって。この島の町工 場総動員、って感じなんだよ」 |
あき穂 「うちとスバルも、ふたりがかりで、そのガワにモノポールの貼り付 け中なの」 |
あき穂 「なんだか、クッキー焼こうとしてるみたいだなぁって思ったら、お腹 すいちゃって」 |
あき穂 「もう、グーグー鳴ってしょうがなかったよ〜」 |
海翔 「まるで食いしん坊キャラだね」 |
俺は、キルバラをやりながら。 |
(中略) |
---|
目的はもちろん、モノポールだ。 |
海翔 「っていうか、クッキー焼こうとしてるみたいって、どういうこと?」 |
あき穂 「ほら、クッキーって、ペラッとしたものをトレーに並べて、それを オーブンで焼くでしょ?」 |
あき穂 「その、トレーに並べられたペラッとしたクッキーとね、モーター内に 等間隔で貼り付けられたスライスモノポールがそっくりで――」 |
海翔 「そんな連想するのは、アキちゃんぐらいだと思う」 |
言いながら、キルバラの対戦相手にコンボを叩きこんだ。 |
ランキング200位前後の相手に、ストレート勝ち。 |
海翔 「…………」 |
え、ここって……。 |
ガンヴァレル最終話に隠されていた画像。そこに映ってた部屋じゃ ないか? |
とりあえず写真は撮っておいた。 |
海翔 「…………」 |
……なんだろう。 |
デジャヴ、って奴だろうか? |
どこかで、この部屋を見たことがある気がする。 |
どこだったかは思い出せない。今にも喉から出かかっているのに。 |
すごくもどかしくて、地団太を踏みたくなる気分。 |
しばらくここで過ごせば、思い出せるかな……。 |
とりあえず写真は撮っておいた。 |
ギブアップだとばかりに、淳和は涙目になって俺の腕をパンパンと タップしてくる。 |
淳和 「うう、ひ、ひどいよ、八汐くん……」 |
(中略) |
---|
淳和 「無理だよぅ……」 |
最新のモーターにモノポールという未知の存在を使っていること は、ロボ部メンバーと、ドクをはじめとした何人かの町工場のおっ ちゃんたちにだけ伝えていた。 |
その上で、特にJAXAの人には絶対に話しちゃダメだと決めてある。 |
あき穂 「ま、そんなこんなでモノポールモーター……じゃなかった、新型モー ターも完成し始めたわけで」 |
ギブアップだとばかりに、淳和は涙目になって俺の腕をパンパンと タップしてくる。 |
指を抜いてやると、苦しそうに咳き込んだ。 |
淳和 「うう、ひ、ひどいよ、八汐くん……」 |
(中略) |
---|
淳和 「無理だよぅ……」 |
最新のモーターにモノポールという未知の存在を使っていること は、ロボ部メンバーにだけ伝えていた。その上で、特にJAXAの人に は絶対に話しちゃダメだと決めていた。 |
あき穂 「ま、そんなこんなでモノポールモーター……じゃなかった、新型モー ターも完成し始めたわけで」 |
いや、全然違うと思う。 |
海翔 「万博でこの蜘蛛が、暴走して暴れ回ったんだけどさ」 |
そのときのことを思い出したのか、あき穂がビクッと身を縮こまら せた。あんな大きな蜘蛛に追いかけられた恐怖は、そう簡単には忘 れられないよね。 |
海翔 「ひとつ気になってることがあるんだ。突破口になるかもしれない」 |
海翔 「実はさ、スタンドアローンだったはずの蜘蛛が、ミサ姉に乗っ取ら れて遠隔操縦されてたんだ」 |
海翔 「もし遠隔操縦の方法があるなら、それを突き止めれば、無力化どこ ろか、奪取もできるわけで」 |
昴 「奪えるアテはあるんですか?」 |
海翔 「いや、全然」 |
昴 「言ってみただけですか……」 |
そもそも実際にあれが遠隔操縦だったのかも、はっきりしてない。 |
澤田も知らないらしいし。 |
澤田が東京で言ってた通り、会場にいてエグゾスケルトン社のエン ジニアとして紛れ込んでいた何者かが、有線でプログラムをいじっ たりしたのかもしれない。 |
この件は保留しとこう。 |
海翔 「それと、エグスケ社の偉い人から、もうひとつ、有意義な情報」 |
ハンガーに戻った俺は、絶賛組み立て作業中のあき穂を多少強引に 学校の部室へ呼び出した。 |
部室に入ってくるなり、あき穂は500mlのスコールを一気に飲み干 す。 |
あき穂 「ぷっはー……」 |
そんな幼なじみの様子を見ていると、さっきの緊張からようやく解 放されて、どっと疲れが出てきた。 |
かなりヤバかったよな。 |
今、こうしてあき穂の顔を見ていられるのも、奇跡的なことかも。 |
海翔 「ちょっとさ、手、出してよ」 |
あき穂 「手? 油でベタベタだよ? 石けんで洗っても、なかなか落ちなく て。へへ」 |
海翔 「うん。いいから」 |
差し出されたあき穂の手。 |
それを両手で包み込むように握りしめた。 |
あき穂 「カ、カイ? なにかあった?」 |
海翔 「いや。大丈夫」 |
その温もりを感じて、少し落ち着きを取り戻すことができた。 |
海翔 「組み立ては順調?」 |
あき穂 「え、あ、うん。悪くないペース」 |
あき穂 「人がたくさんいると……、活気が出て、うちまで元気もらえちゃう の」 |
海翔 「だからって、無理しないように。アキちゃん発作持ちなんだから」 |
あき穂 「たまに休憩もらってるよ。でもね、なんとしても明日の朝までに、ガ ンつく1を完成させなくちゃ……」 |
見てて、危うい、って感じる。 |
そのうちぶっ倒れそうだな。 |
海翔 「っていうかその格好、寒くない?」 |
あき穂 「猛烈にたぎってるんで、平気」 |
あき穂 「それに、ほら、この部室、ちょっと暑いよねっ」 |
海翔 「そう?」 |
ま、風さえしのげる場所なら、そこまで寒さは感じないか。 |
冬でも、天気がよくて風が弱い日なら、半袖短パンで過ごせるくら いだし。 |
あき穂 「で、話って?」 |
海翔 「そうだった」 |
机の上に置いたナップザック。 |
それを手元に引き寄せるため、あき穂から手を離そうとして―― |
逆にあき穂が握ったまま離してくれなかった。 |
海翔 「アキちゃん?」 |
あき穂 「うん……」 |
あき穂 「このまま、話そうよ……」 |
海翔 「いや、でもさ」 |
両手が使えないと、中から装置を出せないんだけど。 |
あき穂 「いや?」 |
海翔 「まあ、いいけど」 |
俺としても、その方がありがたいわけだし。 |
海翔 「こうして手を繋いでると、落ち着くよね」 |
あき穂 「……そっか。カイも、そうなんだ」 |
あき穂 「へへ。うちも」 |
あき穂 「小学生の頃は、よく手を繋いで、学校行ってた。懐かしいな」 |
海翔 「学校行くときは、俺たち、ふたりきりだったからね」 |
普段、俺とあき穂とミサ姉の3人が一緒にいるときは、ミサ姉が真ん 中で。俺が左側。あき穂が右側で、それぞれミサ姉と手を繋いでた。 |
でも、通学中は、年が離れてたミサ姉は、当時すでに高校生で、原付 で先に家を出ちゃってたから、別行動。 |
そんなわけで、必然的にあき穂と手を繋ぐことになった。 |
あき穂 「他に、ふたりきりのときなんて、ほとんどなかったもんね」 |
あき穂 「お姉ちゃんが島から出ていったあとは、ずっと、ふたりきりだったけ ど」 |
海翔 「……アキちゃん。ホントに大丈夫?」 |
海翔 「ミサ姉と戦うことになるけど、いける?」 |
あき穂 「……カイが、一緒なら」 |
あき穂 「うちは、大丈夫だから」 |
じっと。 |
俺はあき穂と、見つめ合った。 |
あき穂 「カイ……」 |
海翔 「……うん?」 |
あき穂 「その……」 |
海翔 「うん」 |
あき穂 「…………うちは」 |
海翔 「…………」 |
あき穂 「ええと……」 |
海翔 「…………」 |
あき穂 「えとえと……」 |
あき穂 「だからっ……」 |
あき穂 「ぅ〜〜〜」 |
あき穂 「……んにゃろー!」 |
海翔 「うわっ!」 |
なぜかあき穂の方から繋いでいた手を離し、そればかりか人の髪を ぐしゃぐしゃにされた。 |
海翔 「なにするんだよー」 |
あき穂 「ちょ、ちょっといろいろ妄想したら……テンパった!」 |
あき穂 「だから、煩悩退散するために、カイの頭を使わせてもらったよ!」 |
海翔 「意味が分からない……」 |
まあいいや。 |
気を取り直して、両手でナップザックを引き寄せ、中から電磁波照射 装置のリモコンを取り出した。 |
海翔 「呼んだのはさ、ちょっと試したいことがあって、アキちゃんに手伝っ てほしいんだ」 |
リモコンをあき穂に手渡す。 |
あき穂 「なにこれ?」 |
海翔 「敵が使ってた秘密道具、ってところ」 |
海翔 「それを、こっちでも使えるようにしちゃったんだ」 |
ナップザックの中身をチラ見せすると、あき穂はムッと唇を尖らせ た。 |
あき穂 「そんなの、使わない方がいいよ。悪の超兵器じゃん」 |
海翔 「敵の武装を奪って自分の有利になるように使うってのは、ロボアニ メじゃセオリーじゃないの?」 |
あき穂 「あ、そっか。ΖガンバムとかガンバムSEEDだと、第1話でガンバムが 盗まれちゃう」 |
海翔 「つまりそれ」 |
あき穂 「むむぅ。納得、できるようなできないような……」 |
海翔 「ま、アキちゃんが納得するかしないかはどうでもいいんだよ」 |
海翔 「実戦で使えるかどうか、試してみたいんだよね」 |
海翔 「そのリモコンのボタン押すと、装置が動き出すからさ、ちょっと離 れたところから押してみてくれない?」 |
あき穂 「カイが自分で実験台になるの?」 |
海翔 「そうでもしないと、効果のほどが分からないでしょ」 |
あき穂 「大丈夫かな……?」 |
海翔 「平気平気。どうせ俺は休んでるだけの身分だし」 |
海翔 「ただ、アキちゃんは離れてて」 |
海翔 「ふたりして同時に幻覚見たら、どんな効果が出たか分からないか ら」 |
あき穂 「ちょっとだけだよ?」 |
あき穂は渋々と言った様子で、部室を出た。 |
中庭を横切って、部室の向かいにある情報処理科の教室に入ってい く。 |
避難してきた人たちはほとんどが体育館の方にいるから、こっちに は周囲に人もいない。実験をするなら最適だ。 |
あき穂が配置についた。俺は部室の中から手を振って、OKの合図を 出す。 |
さて……なにが見えることやら。 |
あき穂 「カウントー! 3! 2! 1!」 |
あき穂 「スイッチオン!」 |
海翔 「っ……!」 |
急に、世界が重くなった。 |
息が苦しくなって、呼吸しようとしても、自分の身体がうまく動かな い。 |
この感覚は、これまでに腐るほど経験したことがあった。 |
『スローモー』。 |
発作だ。 |
部室の外へと、視線を向けてみる。 |
それさえも、やけに時間がかかる。 |
自分の身体の動きは鈍く、医師は遅延する。 |
部室の外―― |
中庭に立つ、俺のお気に入りの木が、やけに緩やかに風に揺れてい る。 |
なんで? |
幻覚を見るんじゃなくて、なんで発作が起きてるんだ。 |
前兆なんてなにもなかった。 |
休んでるから、身体だって疲れてない。 |
息が苦しい。 |
脳髄が痺れてくるような錯覚に陥る。 |
手足の先が冷たくなり、感覚が薄れていく。 |
早く……。 |
早く終わってくれ。 |
苦しい。息を吸いたい。 |
海翔 「がはっ……」 |
世界に音が戻ってきた。 |
重たさは消え、身体も自由に動くようになる。 |
海翔 「はあっ……はあっ……!」 |
必死に深呼吸を繰り返した。 |
実際には、3秒程度しか経っていないから、窒息死することなんてな い。 |
でも、脳は明らかに毎回、窒息状態だと勘違いしてる。 |
心臓はバクバクと激しい動悸を繰り返しているし、血管が沸騰した かのように身体が火照る。 |
そして後に待ってるのは、全身を襲うだるさだ。 |
発作の後の肉体的疲労は、尋常じゃない。 |
長時間運動した後、乳酸が溜まりまくっているような感じ。 |
おかげで、その場から一歩も動けなくなる。 |
あき穂 「カイ……?」 |
戻ってきたあき穂が、俺の肩を揺すってくる。 |
あき穂 「ねえ、どうしたの? なにがあったの?」 |
海翔 「はあ……はあ……」 |
あき穂 「もしかして、発作?」 |
かろうじて小さくうなずく。 |
あき穂 「ウソ……。なんでこんなときに……」 |
その後のあき穂の対応は早かった。 |
普段、お互いに介抱し慣れてるっていうのもある。 |
すぐに丸イスをどかして、床に俺を寝かせ、膝枕をしてくれた。 |
これで10分くらい安静にしていれば、この疲労感も消えてくれる。 |
あき穂 「もしかして、この装置のせい?」 |
あき穂 「やっぱり、使わない方がいいよ……」 |
あき穂が、額にそっと手を乗せてくれた。 |
ひんやりしたその手が、心地よかった。 |
さて、どうしたものやら。 |
幻覚を見せるんじゃなくて、発作が起きるなんて。 |
例えば、発作を持ってる俺やあき穂以外の人間に使えば、ちゃんと幻 覚が見えるようになるのかな? |
そもそも効果の有効範囲は不明だし。 |
たとえ幻覚を見せられるようになるとしても、どんな幻覚を見せら れるのか、その指定方法も分からない。 |
これだけ不確定要素が多いと、戦術としてアテにするのは難しいか な。 |
……いや、それならそれで、使い道はある。 |
俺は足許に置いてある電磁波照射装置を指差した。 |
海翔 「だから今の俺の反応速度は、チート並みってこと」 |
1時間半くらいかけて、ようやく、南種子町との境界まで来た。 |
車なら5分、原付でも10分かからない距離で、こんなに時間がかか るとはね。 |
今、スーパーガンつく1は停止していた。 |
ロボ1号機時代の名残で、のぞき穴から外を眺めると、大きなクレー ン車が目の前に停まっていて、パイルバンカーをつり下げている。 |
ドクと昴が追いついてきたんだ。 |
やっぱり車だと圧倒的に早いよね。 |
さっそく、ふたつめのパイルバンカー取り付け作業に入った。 |
とび職人のおにいさんたちが肩の上に乗り、つり上げたパイルバン カーを誘導する。 |
アタッチメントにはめるまで、ものの10分も掛からなかった。さす がプロ。 |
あき穂 「カイ、取り付け終わったよ」 |
海翔 「じゃ、再起動させる」 |
すぐにキルバラシステムを再起動した。 |
俺のポケコンと、スーパーガンつく1とのシステムとが結合される。 |
こいつの起動時は、かなり地味だ。 |
エンジンを積んでたときは、うるさかったけど、それなりに雰囲気が あった。 |
でもそういうのがなにもない。 |
海翔 「再起動完了」 |
フラウ 「コ、コマンド、増えたんで」 |
フラウ 「右のガンヴァルストレートと同じ」 |
海翔 「分かった」 |
それだけで情報としてはじゅうぶんだった。 |
ガンヴァルストレートは、キルバラに出てくるガンヴァレル――俺の 持ちキャラ――が使う必殺技だ。 |
殴り技がメインのガンヴァレルにおいて、一番基本的な技だね。 |
ここから、いろんなコンボに派生していく。 |
左右の腕で微妙にコマンドが変わるのがミソ。 |
俺にとっては使い慣れたコマンドだった。 |
藤田 「それと、もしもの場合のギミックも仕込んでおいた」 |
海翔 「ギミック? なにそれ?」 |
藤田 「使えるのは一度っきりだ。しかも使っちまったら、パイルバンカ自体 が無力化しちまう」 |
藤田 「使いどころを間違えんな」 |
海翔 「で、具体的にはどんな技?」 |
昴 「ガンヴァルアンクストライカーです」 |
海翔 「へえ……」 |
それだけで聞けば、じゅうぶんだった。 |
どんな技か、察しは付いたよ。 |
ガンヴァレルの最大最強の決め技。 |
そんなの仕込んでくれるなんて、気が利いてるね。 |
昴 「ここからは僕も合流します」 |
昴 「八汐先輩、今装着したパイルバンカのテストをさせてもらいますん で、よろしく」 |
あき穂 「じゃ、スバルはサンダーエンペラーに」 |
あき穂 「アイリ、悪いけど、スバルが荷台に上がるの、手伝ってあげて」 |
愛理 「はい、分かりました」 |
ドクは作業員の人たちとともにクレーン車で一度、旧空港に戻り、C 部隊を編成して後詰めに回る。 |
作業員のおにいさんたちも、“がんばれよ〜”と俺たちを見送ってく れた。 |
海翔 「昴くんさ、足は平気なわけ?」 |
昴 「平気じゃないですよ。誤ってタンスの角にでもぶつけたら、痛みの あまりしばらく立て――」 |
昴 「〜〜〜〜っ」 |
海翔 「どうした?」 |
愛理 「た、大変です、銃座に、足、ぶつけて」 |
淳和 「今、悶絶中……」 |
フラウ 「もっともだえていいのよ。妄想の足しにするから。デュフフ」 |
淳和 「日高くん、大丈夫?」 |
昴 「だ、だいじょうぶでちゅ……」 |
顔を真っ赤にして、涙目のまま、昴はかろうじて声を絞り出した。 |
平静を装うとしてるんだろうけど、完全に失敗してるよ。 |
あき穂 「根性でどうにかなる!」 |
海翔 「ならないと思うよ」 |
あき穂 「カイ、スバルの代わりにうちがテストするね」 |
あき穂 「まず立った状態で、右手のパイルバンカー90度発射、使ってみて」 |
あき穂 「その後、歩きながらの使用テスト」 |
あき穂 「ジュン、レーザー光の照準、しっかりね」 |
淳和 「うん……!」 |
海翔 「右パイルバンカー、試射するよ」 |
失敗 |
---|
くっ、ミスった。 |
落ち着いて再入力だ。 |
成功 |
フラウ 「作動を確認」 |
海翔 「相変わらず、衝撃がすごいな」 |
ちなみに、すでに取り付けてあった左手のパイルバンカーについて は、旧空港を出発前にテスト済み。 |
海翔 「これ、左右で連続使用したら、コクピットもげたりしない?」 |
昴 「パイルバンカは急ごしらえで付けたものですからね」 |
昴はようやく落ち着いたらしい。 |
昴 「スーパーガンつく1に取り付けることも想定せず、ドクが勝手に 作ったものですし」 |
昴 「八汐先輩の心配が的を射ている可能性は高いです」 |
海翔 「おいおい。ホントに大丈夫なわけ?」 |
昴 「それをこれから確かめるために、テストをしてるんです」 |
海翔 「もしやばいって分かったら、どうするつもり?」 |
昴 「…………」 |
海翔 「…………」 |
海翔 「おいおい、なんか言ってよ」 |
昴 「パイルバンカの出力調整は、この段階ではもう無理です」 |
海翔 「じゃ、なんのためのテストなわけ」 |
昴 「何発ぐらいまでボディが耐えられそうかを、なんとなく見極めるた め、ですね」 |
海翔 「あ、そう……」 |
攻撃するのにも命がけってことね。 |
もういいよ。どうせ危険なことには変わりないんだし。 |
あき穂 「限界を知っておけば、どんな戦い方ができるか、参考になるよ」 |
あき穂 「限界以上に使うのは、ダメだからね」 |
そんなの、いざ戦いに突入したら考えてる余裕はないと思うけど。 |
あき穂 「じゃ、進撃再開!」 |
……分かってたことではある。 |
スーパーガンつく1は、そもそも戦いには向いてない。 |
かなりの突貫工事をしてるし、あちこち、無理が出てくるはず。 |
それでも、この装備でやるしかないんだ。 |
結果、大崎射場には30体以上の実物大ガンヴァレルが溢れかえるこ とになった。しかもまだまだ増殖中。 |
これが、ARデコイ! |
これならどうよ、ミサ姉……! |
※淳和パートは割愛 |
---|
『SUMERAGI』との距離は、30メートルまで迫った。 |
近くに着弾したミサイルの爆風で転倒しそうになりヒヤリとした けど、まだどこも異常なし。 |
昴 「資料によれば、『SUMERAGI』搭載のミサイルポッドは10発」 |
結果、大崎射場には30体以上の実物大ガンヴァレルが溢れかえるこ とになった。しかもまだまだ増殖中。 |
これが、ARデコイ。 |
フラウ 「もう、なにも怖くない!」 |
海翔 「はしゃぐなよ、こなちゃん。狙い通りだったけどさ!」 |
海翔 「ジュンちゃん、送電途切れさせたりしないでよ。スーパーガンつく1 の生命線なんだから」 |
淳和 「はい、頑張ります!」 |
前進を続ける。 |
蜘蛛はその場からまだ一歩も動かない。 |
再びミサイルを発射した。 |
また2発。 |
今度はさっきよりもさらにミサイルの狙いはでたらめだった。 |
一発はVABの扉を。 |
もう一発は第2射点の避雷針に飛んでいき、これを吹き飛ばす。 |
当たらない。 |
ミサイルは、スーパーガンつく1には当たらない。 |
海翔 「『SUMERAGI』がコンセプトモデルなのが災いしたね、ミサ姉……!」 |
エグゾスケルトン社はこれまで、軍事用HUGを開発した実績はな い。 |
そのミサイルをどこから調達したかは知らないけど、本社にも内緒 でこっそり武装させたんでしょ。 |
でも軍事用HUGとして造られたとはいえ、あくまでコンセプトモデ ル。実用化にはほど遠い試作機だ。 |
当然、ミサイル管制システムなんて積んでなくて。 |
手っ取り早く、『居ル夫。』で代用した。 |
その応用は、フラウ曰く“大したヤツだ”ってことらしいけど。 |
『SUMERAGI』と『居ル夫。』がオンライン上で繋がってるのを見つけ ちゃった俺たちなら、細工ぐらい簡単だ。 |
フラウ 「じ、時間がなくて、かなりの突貫工事だったわけだが――」 |
フラウ 「今の『SUMERAGI』の目には、じじ、実物大の、ガンヴァレルが、20 機とか30機とか、映ってる……!」 |
フラウ 「んで、ミサイルは、そのデコイに、じ、自動的に狙いを定めちゃう」 |
フラウ 「フラウちゃん大勝利!」 |
昴 「これではっきりしましたね……!『SUMERAGI』のミサイルは、画像認 識誘導です!」 |
昴 「高度なことをやろうとしたのが、逆に仇になったわけです!」 |
海翔 「悪いね、ミサ姉! そのクソったれなミサイルは、スーパーガンつく1 には当たらない!」 |
そう言ったにもかかわらず、懲りずに蜘蛛はミサイルを射出。 |
あき穂 「今度は4発!」 |
前進は、止めない。 |
距離、だいたい50メートル。 |
4発すべてのミサイルが、急激に方向を変えて飛んでいく。 |
燃料タンクかなにかに当たったのか、背後で今までより一際大きな 爆発音が聞こえた。 |
淳和 「きゃあ!」 |
ミサイルがすぐ近くで着弾。 |
同時に、機体が大きく揺れる。 |
すごい爆風だ。 |
充彦 「大徳、振り落とされんなよ!」 |
淳和 「は、はいっ!」 |
彼我の距離、30メートル。 |
昴 「資料によれば、『SUMERAGI』搭載のミサイルポッドは10発」 |
海翔 「っ――」 |
あき穂 「カイーっ!」 |
※あき穂パートは割愛 |
---|
海翔 「アキ!」 |
さっき拒否られたときはどうしてやろうかと思ったけど。 |
今度は応えてくれた! |
サンキュー、アキちゃん! |
これだけ短い間隔での3回連続使用なんて、今まで経験はなくて。 |
海翔 「っ――」 |
コクピットの中で、身体ごと振り回される。 |
踏ん張りが利かなくて、回転式のシートの上で為す術もなく翻弄さ れた。 |
猛烈な熱で、蒸し焼きになるんじゃないかと錯覚する。 |
コクピットの一部が衝撃波によって凹み、押し潰される恐怖に晒さ れた。 |
あき穂 「カイーっ!」 |
淳和 「八汐くん!」 |
愛理 「八汐さん……!」 |
フラウ 「先輩!」 |
充彦 「八汐!」 |
昴 「八汐先輩!」 |
海翔 「かはっ……」 |
吐きそうになるのをこらえる。 |
どうやら生きてる……! |
発作後の気怠さと、爆発の衝撃で、顔を上げる気力さえ失いかけた。 |
それでも歯を食いしばり。 |
苦しい胸を手で押さえて。 |
ぜいぜいと息をつきながら、蜘蛛との距離を確認。 |
すでにパイルバンカーの間合いだ。 |
それはつまり、蜘蛛の前足ブレードの間合いであるとも言える。 |
あき穂 「カイ! よかった……」 |
海翔 「もう一発は……?」 |
昴 「もう一発は、VABに!」 |
なおも前進コマンド入力。 |
フラウ 「左パイルバンカーは吹っ飛んだお。もう使えない」 |
フラウ 「無茶しやがって」 |
海翔 「はあ、はあ……右がまだある……!」 |
あき穂 「声、すごく苦しそう……」 |
海翔 「アキちゃんがすぐ反応してくれなかったら、死んでたよ……」 |
でも、なんとか生き残った……! |
すでにパイルバンカーの間合いだ。 |
後は、狙いを定めて攻撃をぶち込めさえすれば―― |
そう思った直後、蜘蛛が、その身をゆらりと持ち上げた。 |
海翔 「……!」 |
2本の前足を振り上げ、カマキリみたいに構える。 |
あき穂 「カイ、それを食らっちゃダメ!」 |
海翔 「アキ!」 |
あき穂 「――っ」 |
音が消える。 |
コマンド入力。 |
ゆっくりしか動かない自分の指がもどかしい。 |
ターン。 |
俺の要望でフラウに頼んでおいた。 |
ターンは“コマンド入力後、最後のボタンを押し続けた分だけ、ター ンを行う”ようにしてくれって。 |
それによって、細かな方向転換が可能だ。 |
決してその反応速度は速くない。 |
それでも、微調整できるのとできないのとじゃ、大違い。 |
ゴクリと息を呑もうとして。 |
できなかった。 |
息ができないから、息を呑むことだってできない。 |
スペースアメは、とっくに口の中から消えていた。 |
叫び出したくなるような苦しみ。そして、喉の痛み。窒息する。 |
そこに気を取られている最中に、蜘蛛が左のブレードを振るってき て―― |
海翔 「ごほっ――」 |
あき穂 「カイ!」 |
時間の流れが元に戻った!? |
ブレードが今にも振り下ろされようとしている。 |
連続使用しか―― |
海翔 「もう一度……!」 |
あき穂 「ダメっ! できないよっ!」 |
海翔 「くっ」 |
あのバカ! |
パイルバンカーをとにかく射出。 |
運よく、振り下ろされた蜘蛛の前足、その関節部分を弾くようにぶ ち当たった。 |
その反動も利用しつつ、一歩だけ、後退。 |
『SUMERAGI』は再び6本足での歩行に戻り、追ってくる。 |
あき穂 「カイ……っ」 |
海翔 「ためらうな……!」 |
あき穂 「だって、カイが死んじゃうっ」 |
海翔 「信じ、てるから……! そっちも、信じろ……!」 |
間合いを詰めてくる『SUMERAGI』は、前足を片方だけ横に広げた。 |
こっちの生命線である足を払おうって魂胆か。 |
そのブレードは山吹色に発光している。単なる刃じゃない。悪趣味だ ね。 |
だったら、いっそ前進してゼロ距離へ。 |
前へ―― |
同時に、パイルバンカーの射出角度を45度に。 |
ブレードが振るわれる。 |
海翔 「アキ!」 |
今度は応えてくれた。 |
これだけ短い間隔での3回連続使用なんて、今まで経験はなくて。 |
綯さんからの報告に、あき穂がハッとした。 |
※綯パートは割愛 |
---|
今の綯さんからの報告を受けて、俺はきつく唇を噛んだ。 |
ロケット打ち上げが先か、スーパーガンつく1の電源が切れるのが先 か、って状況になってきたね。 |
愛理 「Xマイナス5分です」 |
藤田 「よお。話は聞かせてもらったぜ」 |
綯さんからの報告に、あき穂がハッとした。 |
ただ、綯さんの表情は冴えない。 |
綯 「指令センターは制圧しました。テロリストは、あなたたちと戦って いる最中の瀬乃宮みさ希以外、全員……自殺」 |
あき穂 「え……」 |
昴 「それで、ロケットの打ち上げ阻止は?」 |
綯 「……ごめんなさい」 |
綯 「何度試しても、ここからの打ち上げ中止コマンドを、受け付けない んです」 |
あき穂 「なにそれ、どういう……」 |
綯 「分からない……」 |
途方に暮れた様子だった。 |
ミサ姉と君島コウは、こうなることを想定していたのか? |
海翔 「VABの横に、大型ロケットの発射管制棟があったはず」 |
前進コマンドを打ちながら、指摘する。 |
海翔 「そこは?」 |
健一郎 「その管制棟は、今回、使われていない……」 |
あき穂 「お父さん! 無事でよかった」 |
あき穂の言葉に、瀬乃宮のおじさんはうなずいた。 |
少しやつれてるようだけど、元気そうだ。 |
健一郎 「あのロケットの発射管制システムは、イプシロンと同じように、モ バイル管制で行われているはずだよ」 |
健一郎 「でも、担当者だった藤代くんのPCは、オンラインパスをブロックさ れて、アクセスできなくなっている」 |
綯 「現在の権限者は……」 |
綯 「君島コウになっています」 |
あき穂 「え……!」 |
君島コウ……! |
みさ希 「面白い話をしているわね」 |
ミサ姉の声が、またも響き渡った。 |
みさ希 「でも、これで分かったでしょう」 |
みさ希 「あなたたちに、ロケット打ち上げは阻止できないわ」 |
みさ希 「『SUMERAGI』を無力化したのは、大したものだったけれど」 |
みさ希 「でも、これまでよ」 |
みさ希 「あなたたちに、もう手はない」 |
みさ希 「そこで、打ち上げを見届けなさい」 |
海翔 「……っ」 |
たまらず、ギリリと奥歯を噛みしめていた。 |
悔しい……! |
俺もあき穂もまだ、ミサ姉に対等に見られてないっていうのか。 |
こっちがどれだけ前進したって、『KAMINAGI』との間合いはまったく 縮まらないし。 |
綯 「海翔くん、あき穂ちゃん、ロボ部のみなさん」 |
綯 「あなたたちはこの瞬間、陽動部隊ではなくなりました」 |
綯 「世界を救えるのは、文字通り、そこにいるあなたたちだけです」 |
綯 「どういう結論を出すにしても、私は……あなたたちの選択に、従い ます」 |
綯 「ここで逃げても、誰も、あなたたちを責めたりは――」 |
海翔 「ちょっと静かにしてくんないかな、綯さん」 |
綯 「え……!?」 |
海翔 「逃げるって? そんな真似、するわけないでしょ」 |
海翔 「俺はさ、ここに、全一になるために来たんだ……!」 |
海翔 「ミサ姉との7年振りの決着を付けなきゃ、このたぎった気持ちはお さまらないんだよ!」 |
淳和 「八汐くん……」 |
愛理 「…………」 |
フラウ 「デュフフ……濡れるッ」 |
昴 「実にナンセンスですが……おおむね、同意します」 |
充彦 「人には、やらなきゃならないときがある、ってな。これ、豆知識」 |
あき穂 「カイ」 |
あき穂 「お姉ちゃんを……」 |
あき穂 「お姉ちゃんを、倒そう」 |
海翔 「そう来なくちゃ……!」 |
綯 「……健闘を」 |
健一郎 「あき穂……」 |
あき穂 「ごめん、お父さん」 |
あき穂 「お姉ちゃんのこと、助けられないかもしれない」 |
健一郎 「……無事で」 |
愛理 「Xマイナス5分です」 |
ロケット打ち上げが先か、スーパーガンつく1の電源が切れるのが先 か、って状況になってきたね。 |
藤田 「よお。話は聞かせてもらったぜ」 |
どうやったって、ミサ姉には、追いつけないのか……!? |
※フラウパートは割愛 |
---|
ポケコンのキルバラシステムがフリーズのような状態になる。 |
どうやったって、ミサ姉には、追いつけないのか……!? |
フラウ 「おっ、おっ……!」 |
フラウ 「おおおお!」 |
昴 「古郡、こんなときにふざけてるんじゃない」 |
フラウ 「じゃなくて!」 |
フラウ 「澤田きゅんから連絡ktkr!」 |
海翔 「澤田……?」 |
フラウ 「繋ぐお」 |
澤田 「間に合ったか」 |
澤田 「待たせたな。こちらで、君島コウを消滅させるためのウイルスを用 意した」 |
澤田 「DG297 3rd EDITION……もにょもにょと連動するように作って ある」 |
澤田 「ただし、効果を発揮させるためには条件を満たさなければならな い」 |
澤田 「ウイルスが有効に作用するのは、ARの君島コウ本人の姿が映って いるときのみだ」 |
澤田 「一度作用さえすれば、それでカタはつく」 |
澤田 「以上だ。後は任せたぞ」 |
言うだけ言って、勝手に話を切り上げてしまった。 |
あの男、このタイミングで連絡してきて、それだけ? |
自分勝手すぎるよ。 |
いったいどんなウイルスなのかって説明もないし。 |
あき穂 「姿が見えてなくちゃいけないって……そんな」 |
あき穂 「『KAMINAGI』の操縦席は、外からは見えないよ!」 |
昴 「胸のハッチを、なんとかしてこじ開けるしかありません……!」 |
淳和 「でも、向こうからは、仕掛けてこないし」 |
いや……。 |
片手で頬を叩き、目を覚ます。 |
そんなの説明する余裕がないのを分かって、手短に概要とぶち込む 方法だけ教えてくれたんだろう。 |
せっかくの武器だ。 |
使わない手はない。 |
海翔 「それを使えばミサ姉を殺さずに済む」 |
あき穂 「カイ……」 |
海翔 「だったら、使うさ」 |
澤田が俺たちを騙してる可能性もあるけど。 |
ここまで来たら、なりふり構っていられない。 |
海翔 「こなちゃん、そのウイルス、今すぐにでも使える?」 |
フラウ 「く、組み込むのはすぐだけど、さ、再起動が必要な件」 |
フラウ 「その間は、スーパーガンつく1は動かせなくなるわけだが」 |
あき穂 「かかる時間は?」 |
フラウ 「だいたい1分」 |
淳和 「それだけあったら、やられちゃう」 |
愛理 「でも……向こうも、じっとしてます」 |
昴 「気付かれなければ……再起動している間も、膠着状態が続くはずで す。向こうからは、きっと仕掛けてきません」 |
海翔 「それに賭けよう。こなちゃん……再起動よろしく」 |
あき穂 「でも、カイ……! もしバレたら!」 |
海翔 「打ち上げ時刻までは?」 |
愛理 「Xマイナス3分です」 |
海翔 「もう後はないでしょ」 |
あき穂 「…………」 |
海翔 「アキちゃん」 |
あき穂 「フラウ坊、お願い!」 |
海翔 「いい判断だ」 |
貴重な1分を失うことになる。 |
残りは2分。 |
それで、決着をつけなくちゃならない。 |
あき穂 「カイ、安心して。この1分、カイのことは、うちらが守る」 |
フラウ 「じゃ、じゃあ、キルバラシステム、ダウンするお」 |
ポケコンのキルバラシステムがフリーズのような状態になる。 |