確かにFESの歌声には、人を惹きつけるなにかがあるかもしれない。 僕も、この人混みに対する恐怖や吐き気と戦いながらも、FESの歌を 聞き逃すまいとただじっと耳を傾けていた。 |
最後はサビの部分が何度も繰り返される。 |
――杭を打て 杭を打て 闇夜を切り裂き 月光を浴びて |
そのフレーズを聴いて。 |
あの悪魔女が張り付け死体を前にして、返り血に染まりながら ゆっくり僕を振り返った光景がよみがえった。 |
鳥肌が立つ。周囲の温度が、瞬間的に氷点下まで落ちたように思えた。 |
自らの頭をかきむしり、髪を引きちぎり、顔面の皮膚を爪でえぐった。 |
狂ったように笑い、頭を壁に打ち付け、 |
自らの頭をかきむしり、髪を引きちぎり、顔面の皮膚を爪でえぐり |
そして最後には |
我が子の干からびた身体をむしゃむしゃと食べ始めた。 |
狂ったように笑い、頭を壁に打ち付け、 |
さっきまでうるさいくらいに泣いていたのに、いつの間にか、その身体 は腐り、干からびて、異臭を放っていた。 |
「ぁ――!」 |
涙を流しながら、梢が絶叫する。 その目はもはやなにも見ていない。 |
よろけるようにして、梢は一歩前へと踏み出し。 |
軽々と、ディソードを振り上げた。 |
その間合いの内に、美菜子がいた。 |
一刀両断という表現がふさわしかった。 |
美菜子の左脇下から右肩にかけて。 |
断裂した。 |
斬る、という表現はあまりに生ぬるい。 |
すさまじい量の血が飛び散った。 |
梢は振り上げたディソードに引っ張られるように、今度は後ろ側へとよ ろけて。 |
そのまま身を翻し、踊るように回る。 巨大な剣を、小柄な身体で軽々と振り回して。 |
すでに絶命している美菜子に、さらなる追い打ちを叩き込む。 |
鮮血が舞い、剣を、梢の身体を、コンクリートを赤く染める。 |
つい数秒前まで“美菜子だったもの”が倒れ伏すのと、梢が脱力したよ うにストンと膝を突いたのは、同時だった。 |
梢は泣きじゃくっていて、その涙のせいで、目は閉じていた。 |
あまりの光景に、クラスメイトたちはポカンとだらしなく口を半開きに して、声もなく立ち尽くしていた。 |
目の前で起きたことを、理解できていないようだった。 |
梢が、ゆらりと立ち上がる。 |
「っ、……っ」 |
うなだれて、しゃくり上げながら。 |
血の滴るディソードを、凍り付いているクラスメイトたちへ向けた。 |
「殺してやる――」 |
って言うか、なんで僕はこんなことをしてるんだ。 セナに“守ってくれ”って頼んだはずなのに、意味が分からないぞ。 僕の脳裏にポルポルくんの顔が浮かんだ。 |
って言うか、なんで僕はこんなことをしてるんだ。 セナに“守ってくれ”って頼んだはずなのに、意味が分からないぞ。 僕の脳裏にポルナ○フの顔が浮かんだ。 |
禁(0漸V・$:現在、君たちの世界はノアUの影響で強制的にクローズドモー ドになっている |
禁(0漸V・$:現在、君たちの世界はノアUの影響で強制的に自閉症モー ドになっている |
「神光の救いあれ」 |
葉月志乃は、勤務するAH東京総合病院の手術室に立っている。 |
深夜。外科の手術室。 |
ベッドの上には、彼女の同僚でもある精神科医――高科史男――の姿が ある。 |
彼はベッドに縛り付けられていた。 |
だが、ただ縛り付けられているだけではなかった。 |
その頭部は、脳がむき出しになっている。 |
頭蓋骨は目の上でキレイにカットされていた。 |
「高科先生に、神光の救いあれ……」 |
「は、葉月くん……こ、こんなことは……やめろ……」 |
高科には意識があった。 |
麻酔が効いているため、頭部の痛みは感じていないようだった。 |
その目は恐怖に見開かれ、全身から脂汗を流している。 |
「はあ、はあ……救いあれ……」 |
高科の命乞いを無視し、葉月はおもむろに、銀色に光る器具を白衣のポ ケットから取り出す。 |
それは、正しくは器具ではなかった。 |
スプーン。 |
食卓にあるような、なんの変哲もない食器。 |
「なにを……するつもりだ……」 |
「よせ、やめろ……」 |
葉月は恍惚の表情を浮かべると、 |
カレーライスをすくうかのように、高科の脳をスプーンで削り取った。 |
「あ……あ……」 |
それを、ステンレス製トレーの上に、叩き付けるようにスプーンから振 り落とす。 |
ピンク色をした脳組織が、トレーの上でゼリー状に潰れた。 |
葉月は再び、脳にスプーンを突き刺す。 |
今度は最初よりも山盛りにして、脳組織を削り取った。 |
高科は自らの脳をこそぎ取られていきながらも、痛みも感じず、意識を 失うこともできない。麻酔によって身体の自由も効かないため、ただ恐 怖に打ち震えるしかなかった。 |
母にむしゃむしゃと食べられてしまった、名前すら知らない妹。 |
目の前にある赤ん坊にも、かじられたかのような大きな傷がある。干か らびた肌の間から覗く、ピンク色の肉片がこびりついた、白い骨。 |
(中略) |
---|
その母が抱いていた、母に食いちぎられた、妹の無惨な遺体。 |
「かしこまりました。すべて教祖様の仰せのままに。きっと志乃も喜び ます。神光の救いあれ」 |
そうして僕は、ニュージェネ事件の追体験をさせられた。 |
7つの事件。14人の死者。 |
強制的に被害者の視点になって、僕は何度も彼らと同じように殺された。 |
ダーススパイダーのコスプレをした男と、看護師の女。2人の実行犯に、 何度も殺された。 |
痛みも。恐怖も。すべて被害者と同じ感覚を共有させられて。 |
今の追体験で、僕は何回死んだんだろう? |
「かしこまりました。すべて教祖様の仰せのままに。きっと志乃も喜び ます。神光の救いあれ」 |
いきなり、ものすごい風が吹き付けてきた。 |
僕はそれに押され、たまらず倒れそうになる。だから必死で踏ん張ろう とした。 |
でも身体はそうはせず、代わりにその場にうずくまってしまう。 |
身体の自由が利かない。勝手に動く。 自分の身体じゃないみたいだ。 |
気が付けば、周囲には闇。眼下に、星々かと見紛うくらいの夜景。 |
自分が立っている場所が、ものすごい高さにあることを悟る。 |
隣には、見ず知らずの男女が4人ほど。 いや、そのうちのひとりは見たことがあった。 優愛だ。なぜかメガネをかけていない。 |
……いや、優愛じゃない。 |
彼女は、美愛だ。 優愛の、双子の妹。 1ヶ月前に、死んだはずの。 |
つまりここは―― |
コーネリアスタワーの屋上。 |
そして僕の身体は、僕の身体じゃなかった。 知らない学校の制服を着ている。 体格だって、僕よりもガッシリしている。 |
そもそも、近くで同じようにへたり込み、固まって泣き叫んでいる男女 が4人しかいないっていうことは、おのずとどういうことか予測できる。 |
僕の意識が入り込んでいる、この身体は。 |
ニュージェネ第1の事件『集団ダイブ』で死んだ5人の被害者のうちの ひとり―― |
僕の意志とは関係なく、僕の視界が、ゆっくりと、動く。横へ、スライ ドしていく。ヘリポートの方を振り返る。 |
そこには、あのビデオを撮った『将軍』がいるはず―― |
『将軍』は、ダーススパイダーのヘルメットをかぶり、その身体には黒 いマントを羽織っていた。 |
O−FRONTで僕を追い詰めた『将軍』もこんな出で立ちだった。 |
でも、ホントに、こいつは『将軍』なの? |
違う……。 |
黒マントからわずかにのぞくその足は。 どう見ても、スラックスを穿いていた。 |
しかも足の太さは、ごく普通の成人男性のものだ。 |
『将軍』の――西條拓巳の――骨の形がはっきりと浮き出てしまってい た細くて痛々しい足なんかじゃない。 |
よく見れば、座高だって全然違う。 |
マントで隠れてるけど、肩幅の広さもかなりしっかりしてるように見え た。 |
こいつは、少なくとも西條拓巳じゃない。 |
そして、ビデオカメラも持っていない。 |
さらに。 |
そのニセモノの『将軍』の後ろに広がっている闇の中から。 |
擦るような足音が聞こえてくる。 |
しかもそれはひとつじゃない。 |
錯覚でもなんでもなく、その奇妙な足音の主は、たくさんいる。それこ そ、何十人という数の“何者か”が、闇の向こうに紛れている。 |
ミュウツベにアップされた映像には、こんな足音は入っていなかった。 それにこのヘリポートにこれだけの人数が大挙して入れるはずがない。 |
いったい、この音の正体はなに……? |
隣の4人が、嘆くように泣き叫ぶ。 僕の身体も、僕の意志に関係なく悲鳴を上げ、震え上がっている。 |
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」 |
なにかが、迫ってくる。 |
安物のホラー映画なら、この摺り足の正体はゾンビだ。 両手をだらんと前に垂らしながら、 腐りかけた身体をゆっくりと揺らして歩くゾンビ。 |
でもそれはあくまで映画の話。 |
現実の、しかも21世紀の東京に、 ゾンビの集団が現れるはずがない……! |
だったら、なんだ? |
恐怖で胸が潰れそうになる。 目をそらしたいけど、僕が入り込んだこの身体の持ち主は、 目をそらそうとしない。 |
やがてその何者かが、闇の中から姿を現す。 ヘリポートを、埋め尽くす。 逃げ道を、塞ぐ。 |
拍子抜け、と言うべきかどうかは分からない。 現れたのは、ごく普通の人々。 |
スーツを着ていたり、学生服を着ていたり、パーカーを着ていたり。 性別も年齢もバラバラだけど、 夜の渋谷に普通に歩いていそうな人ばかりだった。 |
ただ、一点だけを除いて。 100人近い彼らは、全員、その手に刃物を握りしめている。 |
彼らは誰も、なにか言葉を喋ろうとはしなかった。 ただ荒い鼻息だけが、いくつも交じり合い不協和音を奏でている。 |
表情は、なぜかよく見えなかった。 誰もが顔の部分だけ、絵の具を水でぼかしたようになっている。 |
顔が、ぼやけ、崩れてしまっている。 |
それが、ホントに彼らの顔の変形なのか。 それとも彼らを見ている視覚の方がおかしいのかは、分からない。 |
彼らは、緩慢とした足取りで、けれど確実に、こっちに迫ってくる。 まるでひとつのプログラムだけを命令されている、ロボットみたいだ。 |
ニセモノの『将軍』が指示をしているのかとも思ったけど、 そうでもないらしい。 |
彼はたまに車椅子をわずかに進めるぐらいで、あとは微動だにしない。 |
追い詰められた5人の若者には、逃げ場はなかった。 |
地上180メートル超のこの場所から逃げるためには、 “ダイブ”するしかないんだ。 |
刃物を持った群衆が迫る。 少しずつ、少しずつ。 ついには、手を伸ばせば届くほどの距離まで詰まった。 |
この期に及んでも無言で、 一気に飛びかかってくることもせず近づいてくる彼ら群衆の動きは、 奇異であるが故に逆に恐ろしく映った。 |
今すぐに、この場から飛び降りてでも逃げ出したい。 そう思えるほどに。 |
「その目だれの目?」 |
不意に聞こえたその声は。 本物の『将軍』――西條拓巳のもの。 |
でも聞こえてきた方向は、 ダーススパイダーのヘルメットをかぶった『将軍』がいる方向ではなく、 頭上。 |
それは僕にだけ聞こえたわけじゃなさそうだった。 |
追い詰められた5人は、示し合わせたように立ち上がると、 互いに手を繋いで夜空を見上げた。 |
当然ながら、そこには星空が広がっているだけ。 『将軍』の姿はどこにもない。 |
思考盗撮―― |
「その目だれの目?」 |
視界が、ゆっくりとパンしていく。 不思議なことに。 |
そこには、眼下に渋谷の夜景が広がっているはずが。 長い階段が続いていた。 |
それはちょうど、すぐ横に隣接するビル―― 首都高を挟んだところにあるサインシティじゃなく、 コーネリアスタワーに寄り添うように立つビルの屋上へと続いている。 |
“コーネリアスタワーに寄り添うように立つビル” そんなものは、現実には、存在しないにもかかわらず。 |
それでも、5人はその階段が妄想であるという疑いすら抱かずに、 救われた思いで――その感情は僕にも伝わってきた―― 足を踏み出す。 |
手を繋いだまま。 『集団ダイブ』事件が迎える結末通りに。 |
彼らは、望んで“ダイブ”したんじゃない。 |
5人は、あるものだと完全に思い込んでいた階段がなく、 抜けるように落下し始めた感覚に驚き、心の底から絶叫する。 |
落ちていく。 すさまじい風圧が身体を襲う。 |
手を繋いでいる隣の女の子が、獣が吠えるような声で叫んでいる。 手をあまりに強く握りしめられ、 爪が食い込んでくる。 |
180メートルを落下していく時間は、永遠にも感じられた。 |
ものすごい勢いで、暗い地面が迫ってくる。 |
周囲が暗いから、 闇の中へ延々と吸い込まれていくような錯覚に陥りそうになる。 |
そして。 |
地面に叩き付けられた5人は。 |
ぐしゃりと、 |
潰れた。 |
その痛みは僕にも予期せず襲いかかり。 死に至るその一撃。 |
全身が内部から爆発し粉末レベルにまで砕けてしまったかのような衝撃。 |
心臓がそのショックで激しく収縮した感覚を、僕は実感する。 |
そして意識は途絶えた。 |
目が強制的に開けられ、視覚に風景が無理矢理飛び込んでくる。 |
僕は玉川通りを歩いていた。 自分の身体は五体満足。 |
さっきの、地面へ激突した感覚はいまだにはっきりと残っているってい うのに。 |
僕の意志とは関係なく、普通に道を歩いている。 |
この身体も僕より体格がいい。 これも、僕じゃないんだ。 イヤな予感がした。 |
ふと、前方から奇妙な男が歩いてくる。 その姿を見て、僕は予感が当たりだったと思い知らされる。 |
すれ違ったのは、スーツの出で立ちなのに、ダーススパイダーのヘルメッ トをかぶった男。あまりにもシュールなその姿。 |
他に通行人の姿はない。 僕は今すぐこの場から逃げ出したくなる。 |
それなのに、僕の意識が入り込んだこの身体の持ち主は、すれ違ったば かりのダーススパイダー男の方へと振り返ってしまう。 |
ダーススパイダーは。 すぐ後ろ……息がかかりそうなほどの距離に立っていた。 |
死角からお腹を殴られ。 |
全身から力が抜けて、視界が真っ暗になった。 |
しばらくして、腹部に焼けるような強烈な痛みを覚えた。 |
視界が開けると、そこは手術室。 |
目の前には、白衣をはだけ、腹部を血に染めた葉月志乃が立っていた。 蒼白な顔色をしつつも、優しそうな微笑みを向けてくる。 |
彼女の手にはメス。 そのメスが、僕の腹にゆっくりと添えられた。 |
葉月が手に力を込める。 ぷつりと、皮膚に切れ目が入る。 |
傷口から血飛沫が舞い、葉月志乃の顔にかかる。 それでも彼女は顔に笑みを貼り付けたままだ。 |
自分の身体がゆっくりと切り裂かれていくのを、僕は恐怖と痛みに襲わ れながら見つめる。 |
この光景を、僕は一度見ている。 葉月の記憶を読んだときだ。 |
つまりこれは『妊娠男』事件。 |
お腹の痛みが耐えられないものになりつつある。 |
泣き叫び、身をよじってなんとか逃げようとしてみるけど、手足はベッ ドに縛られており、身動きを取ることはできなかった。 |
身体を揺すったことで、腹部の痛みはさらに強烈なものとなる。 |
「ふふ……神光の救いを、あなたに……」 |
メスでキレイに裂かれた皮膚。 血が溢れ出すその傷口に、葉月が指を差し入れる。 それだけで、痛みは脳を破壊するほどの刺激となって突き刺さる。 |
彼女の指が体内で蠢く、その感触がはっきり伝わってくる。 そして、前に見たあの記憶の通りに、葉月は僕の傷口を、強引に左右へ と広げた。 |
皮膚と肉が裂けていく感触。 |
麻酔もなしでその痛みをまともに受け、僕は――そして僕の意識が入り 込んだこの身体の持ち主も――意識が飛び、すぐに痛みのあまり目が覚 めた。 |
でもなおも葉月は傷を無理矢理に広げていて。 |
もはやどこが痛いか、自分の身体のどこからこの痛みが発生しているか、 といった細かいことはどうでもよくなった。 |
全身の神経一本一本を灼熱の針で刺されているかのような錯覚だった。 |
そしてまた気絶する。 でも逃れられない。 痛みは容赦なく意識を覚醒させる。 |
身体をのたうち回らせる。この痛みから解放されるなら、舌を噛み切っ てもいいとさえ思える。 |
すると葉月が、その手に、血にまみれた胎児を持った。 葉月の笑みが、逆におぞましくさえ見える。 この女は、狂っている。 |
彼女自身の腹から取り出された、その胎児の亡骸が、僕のお腹の奥の方 へと押し込められる。 |
彼女の手は――そして彼女の手に握りしめられた胎児は、僕の内臓を押 しのけ、抉り、奥へ、奥へと食い込んでくる。 |
僕は血を吐き、その血が喉につまって窒息しそうになりながらも、ゼイ ゼイと悲鳴をあげ続ける。 |
痛みのせいで脳内物質が出過ぎたのか、妙に頭がぼんやりして、それで も痛みはやわらがなくて、だんだんなにが起きているのか分からなくな る。 |
心を支配するのは、ただ痛みだけ。 |
と、僕の腹から手を抜いた葉月は、満足そうにうなずき、 |
「よく我慢できましたね」 |
まるで患者に接するかのようにそうささやくと、ふっと意識を失ってそ の場に倒れた。 |
ほぼ同時に、何者かが手術室に入ってくる。 革靴の音が響く。 |
でも僕はその何者かには興味なんてなくて、ただひたすら苦痛に晒され、 泣き叫ぶ。 自分の腹が不自然に膨らんでいるのを見て、パニックになる。 |
痛みとともに感じ始めた、かゆさ。 かゆい。とてもかゆい。 |
傷口を引っ掻きたかった。でも手はベッドに縛られているからそれはで きない。 |
と、視界をさっと影が遮った。 目の前にぬっと現れたのは、ダーススパイダー。 |
そいつは葉月を抱き起こして手術室から出て行き、しばらくしてひとりで 戻ってくる。 |
なにを思ったか、裁縫針とテグスを持っている。 そしておもむろに、僕の腹の傷口を縫い始めた。 |
もはやその痛みなんて、体内に押し込まれた異物による痛みや肉を裂か れた痛みに比べれば全然大したことはなかった。 |
ダーススパイダーの縫合はすごく適当だ。 小学生でももっとうまくできる。 |
テグスが引っ張られ、皮膚に開けられた穴を擦る。 傷口のかゆみが増した。 |
耐えられないようなかゆみ。 体内からわき上がってくるようなかゆみ。 |
かゆい。かゆい。かゆい。 |
引っ掻きたい。 そうさせてくれるなら死んでもいい。 |
痛みの中に含まれる、うずくようなかゆみ。 痛みよりもかゆみで頭がおかしくなりそうだった。 |
そんな精神状態だったから、いつの間にか景色が切り替わっていること にもすぐには気付かなかった。 |
痛みやかゆみはわずかにやわらぐ。 でもその感覚が完全に消えたわけじゃない。 |
今、神泉の街を歩いていながらも、身体の奥からのかゆみと、腹部に異 物が入っている感覚、そして全身に極細の針を刺されては抜かれている ような痛みの感覚、 |
そうしたものがしこりのようにはっきりと残っていて、なおも僕の精神 を苛んでくる。 |
あまり人気がなく、街頭もない暗い道。 |
歩いている僕は、前方からこっちにやってくる人影を見つける。狭い道 だから、すれ違うためにはお互いが身体を開くようにしなくちゃならな い。 |
でも、歩いてくる人影の格好はゾッとするものだった。 またもや、あのダーススパイダー男だ。 |
すれ違う。 ダーススパイダーは特になんの反応も見せない。 |
心がざわつく。 脳裏に強迫観念にも似た感情が浮かび上がってくる。 |
自分の女が、キモいオヤジにちょっかいを出されている。ウザくてむか つく。殺してやりたい。 |
ホントに唐突に、その感情に突き動かされる。 |
“自分の女”の顔は記憶の中で漠然としている。はっきり思い出せない。 そもそも実在するのかすら怪しい。 |
それなのに“自分の女にちょっかいを出しているキモいオヤジ”の顔は 鮮明に脳裏に浮かぶ。 |
僕はその男の顔に見覚えがある。 『張り付け』事件の被害者だった。 |
記憶が飛び、僕は見たことのある狭く暗い路地にいた。 そこは『張り付け』の現場。 |
そして目の前には、あの事件の被害者。 その初老の男の首を、僕はきつく絞めている。 |
男の身体は激しく痙攣し、口からは泡を吹き、白目をむいている。 |
自分の手の中で、命が消えていく感触を味わって、薄ら寒くなる。 |
やがて男の身体が動かなくなった。 |
僕は――この事件の実行犯である小前田は――それを確認すると、男の 首から手を離し、倒れた遺体の脇腹に一度だけ蹴りを入れて、その場か ら立ち去ろうとした。 |
「ああぁ……」 |
声がして、振り返ってみると、死んだはずの男が白目をむいたまま立ち 上がっていた。 その手を僕の方へと伸ばしてくる。 |
僕は悲鳴を上げ、男を殴り倒した。 でも男は、動きこそのろのろとしていたけど、確実に起き上がってくる。 もう一度その首に手をかけた。 |
さっきと同じように、さっきよりも強く、全身全霊をかけて、きつく絞 め上げる。 男の首の骨をへし折ろうとするほどの力だった。 |
男はすぐにまた動かなくなる。 今度はその口許に耳を寄せ、呼吸をしてないことを確かめてから、手を 離した。 しばらく見守ってみた。 |
すると、なぜか―― 死んだはずの男は、また、ピクリと身体を震わせて、立ち上がろうとし てくる。 |
その表情自体はまったく変化せず、完全に死人のものなのに。 起き上がり、迫ってくる。 |
恐怖を覚えて後ずさったら、足がなにかを踏みつけた。 |
ギクリとして足許を見ると、十字架型の杭が、大量に路上に散乱してい た。 |
脳裏に、ファンタズムの歌の1フレーズが流れた。 |
“杭を打て、杭を打て” |
杭を、目の前の化け物に打ち込んで、動きを止めなくちゃいけない。で ないと自分が危ない。 |
そんな危機感に支配され、起き上がってきた男を壁際に突き飛ばす。 そして杭を拾い上げた。 |
いつの間にか、もう片方の手には金槌が握りしめられていた―― |
また、意識が手術室に戻っていた。 でも『妊娠男』じゃない。 |
僕の感覚として腹部の異物感や痛みはまだ神経をギリギリと苛んでいる けど。 |
視界の中に、ふたつの人影。 じっと、固唾を呑んでこっちを見ている。 ひとりはダーススパイダー。 |
もうひとりは葉月志乃。彼女の白衣は今は血に染まってはいなくて、だ から『妊娠男』事件とは別の時間だとすぐに分かった。 |
僕はベッドに寝かされている。 腕に、点滴の針が刺されてあった。 |
でも、なにかが注入されているわけじゃない。 点滴のチューブの中を流れる液体は、逆流している。 |
血だ。 |
僕の――この身体の中を流れる――血が、点滴針から逆流している。 |
チューブの先にあるのは、やけに汚らしい、ただのバケツ。なみなみと 血がたまっている。 |
そこに、一滴、また一滴と、チューブから垂れた血が落ちていく。 |
頭がぼんやりする。 すごくクラクラする。 |
その意識が遠のくような心地よさと、いまだ残る『妊娠男』で味わった 痛みとが混ざり合い、すごく奇妙な感覚に襲われる。 |
ダーススパイダーと葉月志乃は、僕に見せつけているのか、恋人のよう に互いの身体を優しく抱き合い、支え合っている。 葉月は幸せそうな顔をしていた。 |
今まさに『ヴァンパイ屋』事件のあの干からびた死体を作ろうとしてい る最中に、そんな顔をできることが、僕には理解できなくて。 |
でもどうして理解できないのかを考える前に、痛みが激しくなって、ひ どく喉が渇いて、視界が徐々に暗くなって、やがて僕の意識はゆっくり と混濁していった。 |
これは“追体験”だ。 そう気付く。 |
一連の『ニュージェネ』事件を、僕は追体験させられている。 ひとつひとつの事件の痛みを。恐怖を。 味わわされている。 |
だとしたら、まだあと3つも残っているんだ。 そう悟って、絶望的な気分になった。 |
「先生」 |
声をかけられ、我に返る。 手術室にいたはずが、僕は病院の廊下に立っていた。 |
「高科先生」 |
やっぱり僕の意志に関係なく、身体が背後を振り返る。 そこには、少し沈んだ表情をした葉月志乃がいた。 |
「折り入って、ご相談があるんですが」 |
「ここだと人目に付きますから、こっちに」 |
申し訳なさそうにそう言って、彼女は診察室の中へと入っていく。 |
僕は心の中で“行っちゃダメだ”と叫んだけど、当然ながらその声は届 くはずもなかった。 |
今は診療時間外で、診察室には誰もいなかった。 葉月はどんどん奥へと歩いていく。 |
僕は――高科先生は、なんの疑問も挟まず彼女に付いていった。 |
彼女がふと立ち止まる。 かと思ったら、物陰から黒い頭の男が躍り出てきた。 |
驚いている間に、口許にガーゼのようなものを押しつけられる。 そのまま僕は意識を失った。 |
ものすごい音が、耳元で響いていた。 頭蓋骨が激しく振動する。 |
振動しているだけじゃない。 削り取られている。 その感触を、はっきりと感じる。 |
音がやんで、目を開けるとまたも手術室だった。 |
天井からぶら下がっている、いくつもの目が集まったかのようなライト。 それが、まぶしく光って僕の顔を照らしている。 |
「頭蓋骨が、外れましたよ、先生」 |
「まあ、先生の硬膜、とてもキレイだわ」 |
葉月は惚れ惚れとしたような口調でそう言って、僕の脳を覆う硬い膜を ハサミで切っていく。 |
その感触をダイレクトに感じて、もどかしいような気持ち悪いような思 いに囚われる。 |
葉月が外科手術、しかも開頭手術をできるなんて、僕――というより高 科先生は――知らなかった。だから驚愕し、それから自分の身体が麻酔 でまったく動かないことに気付く。 |
手術室にいるのは、葉月だけじゃなかった。 さっきの黒い頭の男――ダーススパイダーもいる。 男は一言も喋らず、ただじっとたたずんでいた。 |
「人は、脳死状態でも、人工呼吸器なしで1週間以上生きたっていう事 例があるんです。ご存じですか?」 |
葉月が、優しげな笑みを浮かべながら、妙なことを耳元でささやく。 |
「それってつまり、脳が“なくても”しばらくは生きていられるってい うことですよね?」 |
「先生は、どれぐらい、生きられるかしら……」 |
ゾッとする。 得体の知れない恐怖がわき上がってくる。 |
と、葉月は僕の眼前に、スプーンを掲げてみせた。 スプーンはすぐに視界から消える。 |
「高科先生に、神光の救いあれ……」 |
ぐっと、頭の中に異物が押し入ってきた。 頭の中っていうのは、比喩的な意味じゃない。 文字通り、頭の中。 |
なにかが入ってきて、動いているという感覚。 痛みはない。 それでもじゅうぶんに気持ちが悪く、恐ろしさを覚えた。 |
すぐ横に置かれたトレーに、葉月がゲル状のなにかを振り落とす。 |
チラリと目だけでそれがなんなのかを確かめてみる。 |
キレイなピンク色。でも形が潰れてしまっている。 まるで白子だ。 |
それが、自分の脳だと分かって、恐ろしさは臨界を迎えた。 懇願する。やめてくれ、と。 |
「はあ、はあ……救いあれ……」 |
だが葉月は手を止めようとはしない。 |
むしろ恍惚とした表情になり、頬を朱色に染めながら、乱暴な手つきで 僕の――高科先生の――脳をさらにこそぎ取っていく。 |
急に楽しくなり、笑いたくなった。 |
急にすさまじい憎悪を抱いた。 |
急に幸せな気分になった。 |
急に激しい欲情がわき上がり、胸が切なくなった。 |
脳をかき回され。 感情も同時にかき回されていた―― |
自分の感じることとは違う感情がわき上がる。 |
それによって、心が、魂が、自分という意識と遊離して、自分っていう 存在の曖昧さを突きつけられる。 |
存在の否定にも繋がる陵辱行為に精神をズタズタにされていたら、僕は 線路のガード下を歩いていた。 |
今度は順番を考えると『美味い手』だ……。 |
案の定、僕の身体は女性のものになっている。 やけに空腹感がある。もしかしてこの被害者の人はダイエット中とかな んだろうか。 |
またも、ダーススパイダーの男とすれ違う。 |
この男は神出鬼没だ。これだけ目立つ格好をしていながら、どうして警 察やマスコミはこの男の情報をつかめなかったんだろう。 |
「それ、おいしそうッスね」 |
ダーススパイダーが、初めて喋った。 僕の右手を指差し、そう言う。 シュールな光景。 |
早足で歩いていた僕は立ち止まり、指摘された右手を見てみる。なぜか 手に、むき出しで5本の焼き鳥を持っていた。串を1本ずつ、握った指 の間に挟んでいる。 |
温かそうな湯気。 肉の焼けたジューシーな香り。 |
食欲が刺激される。 口内に生唾が溢れ出す。 たまらず、食らいついた。 |
指に激痛が走った。 でも咀嚼するのを止められない。 |
こんなにおいしい焼き鳥を食べたのは初めてだった。 |
肉汁が大量に溢れ出て、びちゃびちゃと地面に垂れていく。 |
おいしい。死ぬほどおいしい。 |
あっという間に僕は5本の焼き鳥を平らげていた。 |
いつの間にか、ダーススパイダーの姿は消えていた。でもあんな変な男 のことはどうでもよかった。 |
もっと食べたい。 胃が、もっと食べ物がほしいと求めている。 |
右手の指がズキズキと痛むけど、その痛みより食欲が勝った。 |
もう一度、自分の右手を見る。 僕が持っていたのは、焼き鳥だけじゃなかった。 |
腕と同じぐらいの、大きな骨付き肉を右手で抱えていた。垂れた肉汁が ブラウスの袖を赤黒く汚している。 |
いつ、それを手に入れたのか、いつからそれを持っていたのか。 |
それも、食欲の前ではどうでもいいことだった。 |
僕は思い切り骨付き肉にかぶりつく。 |
激痛。 |
噛みちぎる。 |
咀嚼する。 |
味わう。 |
呑み込む。 |
柔らかくて、かなり脂が乗っている肉だった。 なおもかじりつく。 |
口の周りも手も、脂でベトベトに汚れたけど、気にしない。 今まで経験したことのないおいしさ。 |
骨から、肉を噛み切る。 じんわりと、口の中にとろけるような脂が広がり、独特の後味を残す。 |
痛い。なぜか死ぬほど痛い。 でもかじる。 |
骨の大きさに比べると、肉の量自体はそれほど多くない。すぐに食べきっ てしまった。 |
最後に、骨にわずかに付着した細かい肉片まで舌で舐め取り、しゃぶる ようにして骨の味まで堪能した。 |
先端に突き出した、5本の細い骨は噛み砕けない硬さじゃなかった。 |
ガリリと噛んでみる。その場にくずおれそうなほどの痛みが走り、涙を 流しながらも、骨の中からいい感じで汁がにじみ出てきたのでそれをす する。 |
骨を引きちぎり、強烈な刺激にその場に倒れ込みながら、口の中で転が す。ガリガリ。ボリボリ。 |
呑み込んだら喉につまり、息ができなくなった。 無意識に足をバタバタと振り回そうとした。 |
でもいつの間にか足首には紐が巻かれていて、自由に動かせなくなって いた。 |
目の前にダーススパイダーが立っていて。 |
身悶えたら、骨がむき出しの右手が地面を叩き、その震動で、全身に波 紋のように痛みが広がり、失禁し、窒息したまま気絶した。 |
そして二度と目覚めることはなかった。 |
目を開くとそこは薄暗い路地裏。 さっきとは風景が少し違う。 |
僕は、顔をボコボコに変形させ泣きそうになっているDQN男に肩を貸 してもらって歩いていた。 |
僕を含めて3人とも、ひどい有様だ。 服は血まみれで、顔は大きく腫れ上がり、歯も何本か折れてしまってい る。 |
これをやったのは、たぶん……僕だ。 僕に絡んできたDQN3人組。 そしてこの後、胴体を“引きちぎられて”死ぬ。 |
彼らが歩いていく先に、またもダーススパイダーの男が立っていた。 |
「おい、テメェ、ありゃ、いったいどういうこった!?」 |
僕に肩を貸していた男が、ダーススパイダーに向かって怒鳴る。でも顔 が顔だけに、迫力は半減してしまっていた。 |
「あのニシジョウとかいう野郎、なんなんだよ……っ」 |
「あいつ、化け物みたいだったぞ……」 |
「それで返り討ちにあって逃げてきたんスか。だらしないッスね」 |
「とりあえず、金、よこせよ……」 |
「金?」 |
「とぼけんなよ、コラッ……!」 |
「テメェが言ったんじゃねえか、 ニシジョウをいたぶれば謝礼するとかってよぉ!」 |
ひとりが、ダーススパイダーにつかみかかる。 胸ぐらを締め上げ、黒いヘルメットをはたく。 |
「ふざけたもんかぶりやがって。ナメてんのか……! 外せ、外せよコ ラァ!」 |
無理矢理、そのヘルメットを脱がしてしまう。 |
その下から現れた顔は、予測は付いていたけど、やっぱり―― |
諏訪護の、精悍な顔だった。 |
こいつが、葉月志乃の共犯者。 ニュージェネ事件のもうひとりの犯人だったのか……。 |
諏訪はつかみかかってきた男の腹に、膝を叩き込んだ。その身のこなし は洗練されていて、DQNたちの暴力行為とは訳が違った。 |
「ま、キミたち3人とも用済みなんで」 |
地面が、わずかに揺れた。 |
「な、なんだ、今の……?」 |
気配がする。 諏訪の背後。 闇に沈んでいる、細い路地の奥。 |
なにかがいる。 しかもそれは、普通じゃない大きさを想像させ。 なおかつ、不気味なうなり声を上げている。 |
その怪物が発する強烈な殺気は、目に見えずとも3人の心を完全に萎縮 させてしまっていた。 |
やがて、地鳴りに似た足音とともに姿を見せたのは、文字通り、怪物。 地球上には存在しないような、異形。 |
茶色い肌はぬめぬめとしており、巨大な頭は肩に食い込んでいる。紅い 瞳はギラギラと輝き、口は左右に大きく裂け、手は丸太のように太い。 |
その二足歩行の怪物は、諏訪の横まで来ると、口を大きく開いた。鋭く 並ぶ牙が、街灯に反射して光る。 |
その咆哮は、うなるように低く、これまで聞いたどの獣のものよりも恐 ろしさを感じさせた。 |
聞いた者の魂さえも震え上がらせるような、そんな獰猛さ。 |
「な、なんだ、これ……」 |
「『スパークウォーズ』が好きなんスよ」 |
諏訪ひとりだけは、この怪物の出現にもまったく意に介した様子はない。 それどころか、満足げに怪物の足に触れ、さする。 |
「それに出てくるエイリアンッス」 |
再度の咆哮。 そして怪物は、立ち尽くす3人にさらに一歩、迫った。 |
逃げようとした。 逃げられるわけがなかった。 |
助けを呼ぼうとした。 周囲には誰もいなかった。 |
圧倒的なる力の差。 種としてのポテンシャルが違いすぎる。 |
怪物を前にして、3人はあまりにも無力だった。 生まれて初めて、心の底から恐怖した。 |
そうなると人は、ただ黙り込み、身がすくみ、指一本さえも動かせなく なってしまう。 |
怪物が息をひとつ吐き。 そして、丸太のような腕を振り回した。 |
「ぎゃあああああ!」 |
「うげごごあああああ!」 |
一瞬にして、2人の身体が人形のように引きちぎられた。血と内臓が路 上にぶちまかれ、湯気を立てている。分断された死体は乱暴に放り投げ られて、電柱の取っ手に突き刺さり、ぶら下がる。 |
「あとは、キミだけッスよ」 |
諏訪の視線が、僕を貫く。 このエイリアンを使役しているのが諏訪であることを悟る。 |
これは妄想だ、と思っても無駄だった。 |
絶対的な恐怖、圧倒的な暴力の前には、ただへたり込み、失禁するだけ で。 後は、その怪物を呆然と見上げるのが精一杯―― |
そして僕は、胴体を引きちぎられるっていう、普通の人間じゃ絶対に経 験できない方法を味わって、息絶えた。 |
今の追体験で、僕は何回死んだんだろう? |
「タク、やめ……」 |
わしづかみにする。 下着越しに。 その、豊かな胸を。 |
「痛っ……」 |
血にまみれた、右手で。 |
下着に。梨深の柔肌に。赤い血をこすりつけるようにして。 |
弾力が、伝わってくる。 |
なんて、柔らかい……。 |
「いやっ……!」 |
梨深が身をよじらせ、逃げようとする。 僕はその梨深の身体にしがみつく。 離さない。 |
胸に、顔を埋める。 ぴったりと吸い付くような、すべすべした肌。 さらに、自由になった右手で彼女のスカートの中をまさぐる。 |
「やめて……やめ、てよ……タク……」 |
野呂瀬の素早い一撃で。 拓巳の身体は両断され。 |
だが血は出ない。 |
(中略) |
---|
次の瞬間には、再生していた。 |
無傷。 無効。 |
そして、再生した。 |
たった1秒前に斬られた身体。 すでに、新たな首と右手、右肩が生まれていた。 |
(中略) |
潰される。 割れたスイカ。 血が炸裂する。 |
拓巳の身体はそれでも前へ。 |
野呂瀬の素早い一撃で。 拓巳の身体は分断され。 |
首と右手、右肩が、スライドする。 ズルリと。 |
内臓ごと、床に落ち。 だが血は出ない。 |
(中略) |
---|
次の瞬間には、切断面が波打ち。 うごめき。 |
泡立つ音。 |
そして、再生した。 |
無傷。 無効。 |
たった1秒前に斬られた身体。 すでに、新たな首と右手、右肩が生まれていた。 ずり落ちた古い方の首や内臓はそのままに。 |
(中略) |
拓巳の頭が潰される。 割れたスイカ。 血と脳漿が炸裂する。 |
首から上を失って。 拓巳の身体はそれでも前へ。 |