今日、例の写真を観た。 テラセイブのホームページ上に公開された写真で、 ウィルファーマがインドで行った臨床試験の被害者を写したものだ。 どうしてあんなひどいことが行われたのか?あれだけの被害が生じる前にどうして誰も止めなかったのか? 明らかに臨床試験という範疇を超えている。もしこれらがすべて事実なのだとしたら、 ウィルファーマの行いは絶対に許されるべきではない。仮に法的に許された治験であったとしてもだ。 テラセイブは合衆国政府が直接調査に乗り出さなかった場合、 またはウィルファーマに対して法的に制裁を加えなかった場合は、 国際刑事裁判所に訴え出る用意があるとHP上で警告している。 My Dear. 私はもっとあなたのお父さんの言葉に耳を傾けるべきだったのだろうか…。 あなたのお父さんがウィルファーマを問題視したときに、もっと……。 私は知らなければいけない。 ウィルファーマがなぜインドで臨床試験を行う必要があったのか? 彼らはなぜ今も尚、沈黙を続けるのか? 11/8/2005 医薬品の開発には莫大な金がかかる。時間も長くかかる。 研究者たちがいちから化学物質と向き合い、動物実験を繰り返したはてに、 安全性が確認されたものだけが人を使った臨床試験にまわされる。 100億近い金と10年近い歳月――― 回収を見越すからこその投資。ただしそこには当然リスクがある。 リスクは少なければ少ないほうが良い。 故にみな、この100億近い金と10年近い年月を削りにかかる。 国外で行う臨床試験は、その方策のひとつであるらしい。 特にアジア。人件費が安く、人材も豊富と、ある企業のHPには記してあった。 ただこれはウィルファーマに限った話ではない。他の製薬企業も行っていることだ。 それらひとつひとつの臨床試験の影に今度のような被害が少なからず起こっているのだとしたら、 ウィルファーマの強気ともいえる沈黙にも納得がいく。 これが製薬業界の常識なのだとしたら、ウィルファーマだけを責め立てるわけにはいかないだろう。 それともカーティスには何か確信があったのだろうか? ウィルファーマは頑なに口をつぐんでいる。この街ではそのことが話題にすら上がらない。 19/8/2005 |
非番を利用して、ワシントンDCに来た。 昔の仲間のつてを使って、 製薬会社で開発を担当する部署の人間に会うことができた。 彼曰く、人への臨床試験の段階で、 今回のウィルファーマのような重い副作用が集団で 発生する可能性は極めて稀なことらしい。 ただしまったくないとは言い切れないとのこと。 実際、彼がまだ新人の頃に携わった治験でも、 いまだ原因不明の死亡事例が、一件だけあるらしい。 詳しいことは話せないと急に口をつぐんだので、 冗談のつもりで、その薬はもしや店頭に並んでいるのではと問うたところ、苦笑を浮かべていた。 業界の中でもウィルファーマのことは話題に上るらしい。 あれだけ重大な事故が明るみに出た以上、会社の存続という意味で、致命的であることは明白だが、 沈黙を守る理由は他にもあるかもしれないとのこと。 というのも一時期、ウィルファーマがペンタゴンと極秘の契約を結んだと耳にしたことがあるというのだ。 ただしこれはあくまでも噂を超えないレベルの話で、それ以後はまったく聞かれないという。 26/8/2005 久しぶりにDCに来たのでカトーの店に寄ってみた。 相変わらず、”店の経営は風前の灯”とヘタな英語で連発していた。 店で面白い男に会った。メキシコ出身で、家が大金持ちらしく、廻った国の数は132カ国になると自慢していた。 現在は、乗り捨てられたレンタカーを所定の営業所にまで運転して返す仕事についているという。 金をもらって全米中をめぐるようなものだと彼。 念のため、あなたのお父さんを見かけたことがあるかと聞いたけど、あっさり「ない」と言われた。 当たり前か。 27/8/2005 署長から呼び出しを食らった。 ウィルファーマのことを嗅ぎまわっていると、誰かが密告したらしい。大体予想はついてる。 彼らは、あなたのお父さんがウィルファーマに乗り込んで逮捕された時から、私のことを快く思っていない。 むしろ犯罪者の妹が自分たち警察組織の身内にいることが気に入らない。 今さら、連中の子供じみた嫌がらせを相手にする気もない。 ただしそれが私個人を超えて、部下たちに向けられた場合は別だ。それだけは絶対にあってはならない。 彼らは私のチームに属した時点で、出世はとうの昔に諦めたと笑ってくれる。今のままでよいと。 だが階級が上がれば報酬も上がる。彼らにだって家族がある。それを喜ばぬはずがない。 私は彼らの好意に甘えるわけにはいかない。絶対に。 カーティスはあの時、ウィルファーマに対して、研究施設の不明な点を明らかにしろと迫った。 その一点に限れば、彼に否があるとは、今も思わない。だが、カーティスが度を越していたことも事実なのだ。 残念ながら、あの時点で、彼は逮捕されてしかるべき行動をとった。 そのことを否定するのであれば、私に今の職に留まる資格はない。 15/8/2005 |
今日、初めて逮捕者がでた。 ウィルファーマを告発しようと集まった東部から来た大学生6名と、 木材加工店のスタッフが酒の席で口論となり 殴り合いの喧嘩にまで発展した。この街は都会と違う。 東部の学生たちにとってはいささかフェアでないかもしれないが、 この街でウィルファーマを告発しようとした時点で、彼らには部が悪い。 衰退の一途をたどっていたこの田舎街で、10年前とは比べ物にならないほどの活気と豊かさをもたらした ウィルファーマは、ここの住人にとって、褒めたたえることはあってもけなすべき対象ではない。 この街の経済はいまやウィルファーマなくしては語れない。デイビスがどれだけ鼻もちならない奴であったとしても、 彼は次の選挙でもまた住人の代表としてワシントンへ送られるだろう。 この街は変わった。あなたのお父さんや私が幼少を過ごした頃とは何もかも。 あなたの父さんは今どこにいるのでしょうか? 23/8/2005 久しぶりにあの街のことが報道されていた。 今年も慰霊祭は執り行われるようです。冬に入る前に細々と。 いまだ付近一帯には立ち入ることすら許されていないあの街から100mileも離れた名前すら知らない別の街で。 あの街に関しては、今もなお、議会が独自に調査を進めているらしいけど、 その結果が公表されるかどうかすら、私たち遺族には知らされていません。 あれからもう7年になろうとしています。うつろい行く時の中で、あなたと過ごした日々は、 今も色あせることなく、まるで昨日のことのように、私の脳裏に蘇ります。 今日は懐かしい友人から連絡がありました。 先日、DCに行ったことを、共通の友人を通じて知ったらしい。噂では聞いていたけれど、 彼はもう三人の娘さんのパパで、すっかり落ち着いていました。 過去は過去として受け止め、私自身、幸福になることを求めて生きるべきだと言われました。 そういう意味では、私はまだ過去を過去として受け止めきれていないのかもしれません。 でも何一つ真実が明るみにされていない過去をどうやって受け止めろというのでしょう? 私には無理です。納得なんてできるはずがない。 5/9/2005 |
今日、不動産会社を連れて、あなたの家に行きました。査定をしてもらうためです。 でも結局、やめました。 今夜は、久しぶりに、昔よくもぐりこんだあなたのベッドで眠ります。 13/9/2005 ようやくテラセイブの人間と会うことができた。 カーティスがまだ彼らの組織に籍を置いていた時に事務局長をしていた男だ。 昔からインテリ風をふかしたいけすかない奴ではあったが、 彼ならウィルファーマがインドで行った臨床試験に関して、詳しく話が聞けると考えた。 だが彼は私がハーバードヴィル警察から使わされたスパイか何かだと勘違いしたようだ。 彼はハーバードヴィルという街がウィルファーマに敵対する人間にとって生き難いことを知っている。 それだけ閉鎖的な街だということを知っている。 だからこそ、兄の行いにより居場所を失くした私が名誉挽回するため、 目下ウィルファーマの一番の敵であるテラセイブの情報を聞き出そうとしていると勘違いしたらしい。 結局、私は、本当に聞きたいことは何も聞けないまま、席を立ってしまった。 私はいったい何をやっているのだろうか…。 17/9/2005 |
今日は、新しく入ったメンバーの歓迎会もかねて、SRTのメンバーと飲みに行った。 酒に酔ったグレッグは決まってこう言う。 カーティスの行いは少々過激ではあったが正しい。 大切な人を失い、また目の前で同じ過ちが繰り返されるかもしれないと知ったなら、 逮捕されるとかされないとか以前に、自分もできる限りのことはするだろう。 場合によっては、彼のように直接話し合いたい相手の元へ乗り込むだろう。 街の人間にとってカーティスは、酒におぼれ、 どこでも喧嘩をふっかけるどうしようもない男として記憶されていたとしても、 自分はしっかりと覚えている。医師として立派だったカーティス・ミラーって男を。 新人を前にして話す話でもなかったので、途中で遮ったけど、 やはり信じてくれている人がいるのは嬉しい。 29/9/2005 今朝、テラセイブの例の男から連絡があった。 カーティスを見かけたというのだ。偶然、すれ違っただけだが間違いないという。 シカゴにあるサボイホテルに入っていったらしい。 思わず、彼の帰ってくる場所はここ以外にないと怒鳴りつけてしまった。 7/10/2005 サボイホテルの宿泊名簿にカーティスの名前はなかった。 写真を見せたら、ハウスキーパーの一人が 彼に似た人を見たと証言してくれた。 1438号室に宿泊していたという。 彼女の情報を元に、もう一度フロントを訪ねた。 1438号室の男が記した住所はセントルイスにあった。 しかしセントルイスに確認したら、 そんな住所は存在しないことが分かった。 私は幻を追っている。 9/10/2005 |
今朝、あなたの友人だという人から手紙が届きました。 ホレストという名の青年です。おぼえていますか? ウィルファーマの事件で、久しぶりに“ハーバードヴィル”の名を聞き、 手紙を送ってくれたんだそうです。 彼はあなたが街を去った翌年、お父さんの仕事の都合で、 シカゴへ引っ越したそうです。 残念ながら、私は彼のことを知りませんでした。 将来は医者になるのが夢だそうです。 あなたのお父さんのようになるのが目標だと書いていました。 今年の終わりに、友人とこの街を訪ねてくれるそうです。 今は何もかも忘れて、彼の手紙を読み返しながら、 私の知らなかったあなたの姿を思い浮かべ、 つかの間の幸福を味わうことにします。 おやすみ。 23/10/2005 デイビスが署長のもとを訪れた。 なんの案件だか知らないが、えらい剣幕で駆け込んでいったので、 どうせウィルファーマや自分の屋敷周辺のパトロールを強化しろとかうるさく行ってきたに違いない。 先日、3大ネットワークの一つに、臨床試験の件が取り上げられてから、街はどことなく落ち着きを失っている。 噂ではテラセイブが大規模なデモを計画しているとか。 1/11/2005 連日、会議が続く。 一週間後に控えた全米医薬品会議を前にテラセイブのデモが予定されている。 そのことで、署長はいたく神経質になっている。 しかし街は相変わらず、 住人の多くは沈黙を守っている。 まるでわれ関せずとでもいうように…。 ネットやメディアがどれだけ騒ごうとも、 この街の住人には影響を及ぼさないようだ。 遮断してしまえばそれですむ。 おかげで警官としての自分の仕事は 今日も無事に終わった。 ありがとう。 今日も街は平和だ。 7/11/2005 |